異端エリート層を育てる「異端中間層」の厚み

私が、いじめがなくても学校からもう逃げ出した方がいいというエントリで一番言いたかったことは、「人と同じ道を歩む」ことに与えられてきた暗黙のインセンティブを意識しよう、ということです。

図にするとこんな感じです。

大量生産の製造業が経済の推進力で、それが社会のパラダイムを支配していた時代には、この「正統派中間層」を手厚く支援して、そこに周辺の人を引きこむことは正しい戦略です。

この丸から大きくはずれた人は余分な苦労を強いられますが、日本全体の経済力が向上すれば、その恩恵が回ってくる側面もありますから、国の政策としては間違ってなかったと言えるでしょう。

問題なのは、これが意識的、明示的に国策として行なわれたのではなく、たまたま国民性と経済のニーズが一致したことで、誰もが意識しないうちになんとなく、自然にそうなったということです。無意識的に行なわれたので、かえってその分だけ強力に推進されたのかもしれません。

うまく行っているうちはいいですが、環境条件が変わった時に、舵を切り直すことができません。傾斜配分にはトレードオフがあるはずですが、そのマイナス面を意識するのが難しい。

実際、今は、組織力や地道な改善よりは、リーダーのビジョンや価値観の組みかえが企業の命運を決する時代です。情報の流通速度が速いので、過去の成功例があっというまにレッドオーシャンになります。

こういう時には、中間層よりリーダー層の役割が大きく、独創性、創造的破壊といった異端的才能が求められています。図にするとこうなるでしょう。

史上最も独創的なリーダであるスティーブ・ジョブズに率いられたアップルの株式総額が、史上最高となったことが、この象徴ではないかと思います。
アップル時価総額、史上最高の49兆円:日本経済新聞

教育や社会的投資もこのエリアに重点を移すべきであり、そのことは少しづつ認識されつつあると思いますが、ここで二点問題があります。

  1. 異端の才能は正統派の才能より事前に評価することが難しい
  2. 正統派中間層から異端中間層への反発が激しい

その結果、これから国を担うべき「異端エリート層」へのキャリアパスが下の図のように、一方向に制限されてしまっているのではないでしょうか。

つまり、価値観や方法論が確立した正統派の領域で結果を残せた優秀な人は、道をはずれ「やんちゃ」なことをしても許される、しかし、目に見える結果を残せない人が違う道を行くことには、社会全体から極めて強い圧力がかかる、ということです。

「異端エリート層」を直接的に支援しようとすると、実質的には「正統派エリートの異端派への横滑り支援」となってしまうかもしれません。

また、正統派中間層にはわかりやすい市場価値がありますが、異端派の場合は、中間層では意味がなくて、人より飛び抜けたエリートにならないと評価が得られない。

ですから、私は、今後の教育や投資のインセンティブの中心を、次のように「国力の中心」から意識的にずらして「異端派中間層」をメインのターゲットとすることが必要だと思います。

つまり、「成功したジョブズが欲しいなら失敗したジョブズを受け入れよう」ということです。「失敗したジョブズ」はあの性格の悪さや独善性を考えると、ちょっと一緒に仕事をしたくないタイプですが、実際のジョブズもアップルに復帰して成功する前は典型的な「失敗したジョブズ」でした。

「この失敗したジョブズは将来本当に成功するのか?」と問うのではなく、「この失敗したジョブズは他のジョブズと違うのか?」と問うのです。失敗したとしても人と違う失敗であり本気の失敗であれば、社会全体としては必ず将来見返りがあります。

現代の経済活動は、広義の知識への依存を深めています。知識の生産というものは、本質的に予測不可能で試行錯誤が不可欠なものです。予測できるのであれば、それは創造ではなくてコピーです。確実な成果を求めると新しい知識は得られません。

「異端派中間層」への支援は、「正統派中間層」へのそれと違って、大半が何も生まないムダ金になるのですが、当たった時に見返りは大きく、波及効果も大きいので、トータルとしての収支はプラスになります。イノベーションの本質を押さえていれば、そういう知識の性質に基いた国家戦略は可能ではないかと思います。

具体的にどういう政策が最適なのか、教育改革なのか投資ファンドの育成なのかコンテンツ振興なのかセーフティネットの充実なのか、これら全部が重要なのか、それは私にはわかりません。そういう知識や能力はありません。

でも、プラスの政策を進める前に、これまでの「正統派中間層」への直接的な支援を見直すことが必須だろうとは思います。あるいは、具体的な政策の変更より、意識改革の方が急務なのかもしれません。

「異端エリート層」が厚みを持って育たない限りは、日本に利益率の高い産業は育たず、近い将来食料が買えなくなって飢え死にする、その為には、歯を食いしばってでも無駄飯食らいの「異端中間層」を社会全体で養う、という覚悟が必要です。この層に人を呼び込めるかどうかが国力を決定すると私は思います。

そして、個人のレベルでは、「正統派中間層」向けインセンティブへの、自分の期待を意識して再評価する必要があると思います。

つまり、「いい子にしていればいい子にしていることそのものによって自分は評価され見返りを得られる」と考えている自分を発見することです。これは、不変の真理ではなくて、日本が特定の環境条件にあったことによって成立した一つの流行りでしかありません。

正統派の人材が活躍する場が一切無くなるということではありません。しかし、インセンティブ(の有形無形の原資)が消えた分だけその領域の競争も厳しくなるので、値っからの正統派でないと成功するのが難しくなるでしょう。今までは、本当は異端派であっても猫をかぶって正統派のフリをして、インセンティブのおこぼれにあずかる方が個人としては合理的な戦略でしたが、それがなくなると私は予想します。

これからは、無意識に行なってきた意思決定を意識的に調整していかないと、残念な思いをすることがだんだんと増えてくると思います。


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