生産のフラット化と消費のフラット化のタイムラグ

フラット化とは、生産のフラット化と消費のフラット化が違うスピードで進行することだ。

つまり、「途上国の人は先進国の人が買うものを作れる」のに「先進国の人は途上国の人が買うものを作れない」、あるいは、「途上国の人は先進国の人が買うものを作るプロセスに参加できる」のに「先進国の人は途上国の人が買うものを作るプロセスに参加できない」という状態になることが問題なのだ。

たとえば、iPodは先進国向けの製品だけど、その中にあるフラッシュメモリ発展途上国で作られる。たまたまググって出て来たSpansionというメーカーの最終試験 & 組立拠点は、バンコク(タイ)、ペナン(マレーシア)、クアラルンプール(マレーシア)、蘇州(中国)にあるそうだ。

これがiPodで使われているかどうかはわからないが、iPodという製品ができるまでの労働は世界各国に広がっていて、その中には、発展途上国の人たちも参加できる工程があるわけである。しかし、そのプロセスに参加している人たちが、iTMSで売られている音楽を買って、自分のiPodに入れて聞くようになるのはもう少し先だ。

生産は、細かい工程に分割可能で、工程と工程の間はネットとグローバルな物流インフラで連結可能である。だから世界中に展開できる。しかし、消費はそういうふうにはできてない。

生産は消費より先にフラット化する。先進国の人が生産に参加できる領域は少なくなっていくのに、途上国の人が音楽ダウンロード販売の市場を広げるのは、もう少し先のことだ。

そのタイムラグが先進国の人が生産に参加できる領域での競争を激しくする。

従って、先進国の人たちが生産に参加したいと思うならば、つまり職を確保したいと思うならば、本質的に重要なのは、生産と消費のタイムラグを利用できるポジションにつくことである。

生産プロセスの中には、消費者しか参加できない部分がある。これは、経済がどんなにグローバル化しても先進国の中に置かれ続ける。一方、消費者経験と無関係なプロセスは、どんなに高度な技術に依存していようがいずれ途上国に移っていく。

たとえば、Spansion社の製造施設(ファブ)は、オースティンと会津若松にあり、サブミクロン・プロセス研究開発センターはカリフォルニア州サニーベールにあるが、こういう施設に勤務する為に必要な技能、技術は生産者として学べるものだ。やがて、これらのうちいくつかは、インドや中国に移るだろう。技術力の差による優位は長くは続かない。

しかし、iTMSで流れる音楽は、消費者としての体験がなければ製造できない。消費者として、たくさんの音楽に囲まれた経験がなければ、音楽を作ることはできない。途上国出身で音楽作りに参加する人も出てくるだろうが、そういう人は、消費者としての経験を持っている人に限られる。つまり、彼らが音楽というパーツの生産に参入する時には、彼らは同時に音楽を消費する存在になっている。

つまり、生産の中で、消費者参加を必須とするパーツに携わる人が、途上国からの参加者と直接競合する時には、市場が広がりゼロサムゲームをする必要がない。一緒に市場を広げていく仲間として、彼らを迎え入れることができる。

先進国の中で職業として残るのは、このように消費と生産が直結している分野である。

別の言い方をすれば、プロセスの評価、生産物の評価が難しい分野が生き残るのだ。フラッシュメモリは、使う技術がいかに高度であっても、できあがったものを評価するのが容易だ。評価が容易であれば、途上国の中で一番優秀な人を選ぶことができる。給料と技術のコストパフォーマンスが一番良い人を選ぶことができる。

しかし、音楽の良し悪し、特に消費者にとっての良し悪しは評価が難しい。評価の為に、多数の消費者を必要とする。

音楽とフラッシュメモリは両極端だが、その中間に、評価が難しく、評価の為に消費者としての経験を必要とし、評価者を分散する必要がある領域は、たくさん存在する。

たとえば、企業システムのUIはそうだろう。

一つとして、インテグレーションのコアの部分はインドや中国に持っていかれても、ユーザの使うフロントエンドや、逆に「実物・実体」を反映させるためのバックヤード・フロントエンドみたいなところ、つまり「システムおけるラストワンマイル」は残るんじゃないだろうか、という話になった。

だから、Heartlogicさんの、Web2.0時代に、ユーザーが経験しておくべき10のことのようなノウハウが重要なのだと思う。これを入門編として、これをさらに発展させて中級編、上級編を作っていくべきだ。「消費者としての経験を活用する形で今の業務プロセス(ソフトウエア開発であれば開発プロセス)を再構成していくこと」が、フラット化の中で価格競争に晒さされないポジションを得る為に必要なのだと思う。

(このエントリは、 yomoyomo in Tokyo "解散式"で、Walrusさんとお話した「システムにおけるラストワンマイル」について考えているうちに思いついたことです。結局ポイントは、「消費者経験の必須なプロセス」と「評価の分散」ということではないかと思いました。それが我々の業務の中で具体的に何の仕事であるかについては、もう少し考えてみます)

(追記)

要は、消費者のプロとしての目を持て、オタクになれ(岡田斗司夫の言う「通の目」「粋の目」「匠の目」を鍛えろ)ということか。

そうそう、それです。「通の目」「粋の目」「匠の目」って知らなかったけど、いい言葉ですね。

具体的なイメージが浮かばないまま、純粋に理論だけで書いているのに、よくそこまで読み取れるものだなあと思います。