CGMコンテンツという金鉱の脇でスコップを売る男

MacBook Airの発表を見てて印象に残ったのは、iLifeの方だった。特に、iMovieの「予告編ツクール」とでも呼びたくなる機能。

映画の予告編のテンプレートみたいなものが用意されていて、そこに数秒程度のクリップをドラグドロップでハメこんでいくと、フルオケの立派なBGMがついた予告編ができあがる。ハメこむ枠には「メンバー全員が写っているクリップ」とか「動きのある場面」とか「各人のクローズアップ」のようなガイドがあって、その指示に従って、編集すべき素材から選んでいくようになっているようだ。これによって、家族旅行とかでダラダラ取った素人っぽい映像が、ピリっと引き締まったインパクトのある予告編になってしまう。

私は、この手のソフトはほとんど触ったことがないので、これがどの程度画期的なものかはわからないが、あのテンプレートには、いろいろな所にプロのノウハウが織り込まれているような気がする。たとえば、キャスト紹介は予告編の後半になっていて、その前に、一番動きのあるインパクトのある短いショットが入るように誘導している。登場している人と親しい人でなければ、キャスト紹介のクローズアップのショットはダレる場面になることを計算して、そういう構成になっているような気がする。友人の家へ行って、生まれたばかりの(本人にとっては)可愛くてしょうがない子供の写真やビデオをえんえんと見せられた時のことを思いだした。素材を生かしつつも、誰が見ても飽きがこない編集をする、普遍的なテクニックがあって、そういう工夫が盛り込まれているのだろう。

そして、iMovieには、YouTubeをはじめとする10個近い動画投稿サイトに、できたものをすぐ投稿できる機能もついている。

MacBookに標準でついてくるこのiLifeというソフトがあれば、身近なちょっとした素材を、それなりに他人が見ても飽きないメリハリが効いた動画にして、すぐ投稿できるようになっているのだと思う。

その結果、動画のCGMコンテンツの平均的な水準は、今よりずっと上がるのだろう。特に、裾野の部分のレベルアップには貢献するだろう。

これは、プレゼンのスライドにおける、パワーポイントと似た役割を果たすと思う。つまり、パワポ以前には、講演のスライドというものは、印刷屋に発注して、数十万円の費用と膨大な時間をかけて作るものだった。

こういうものが出てきた時、素人は、プロの稀少さを得たように錯覚する。

確かに、それまではプロだけが持っていたテクニックの最大公約数的な部分は、そのソフトや素材やテンプレートに盛り込まれている。だが、プロのテクニックは得ることができて、それと同じことをしても、プロの稀少さを得ることはできない。

昔、綺麗なグラフの入ったOHP資料なんかを作って話をする人は、それだけで凄い人であり、稀少な人だった。しかし、その稀少さは、プロのテクニックそのものではなく、プロとアマチュアの落差にあったのだ。

プロのノウハウがテンプレートやソフトのロジックの中に埋め込まれて、誰でも気軽にそれを享受できるようになった時、アマチュアはそれを稀少さと勘違いしてしまう。

パワーポイントで意味のないエフェクトだらけで中身のないプレゼンが大量生産されたように、iMovieによって、意味なくゴージャスな動画がこれから世界にあふれていくのだと思う。

ただ、同じ波に乗っていても、サーフボードにベタっとへばりついたまま立ち上がれない人と、それを乗りこなす人がいるように、表現すべきものを持っている人は、iMovieというサーフボードに乗って世界に離陸するだろう。

これは、iMovieに限らず、iPhotoガレージバンドも同じであり、もっとターゲットの狭い用途を限定したアプリもそうだろう。コミPo!というマンガ作成ソフトやボーカロイドも同じように見ることができる。

今までプロだけが持っていたコンテンツ作成のノウハウは、これから、ソフトの中のロジックやテンプレートによって、複製可能なものになり、素人作成コンテンツの供給量を大幅に増やし、裾野を大幅にレベルアップする。

「とても見てらんない」ようなコンテンツは少なくなり、素材そのものの中に何かのつながりというか縁があれば、充分見るに値するコンテンツが大量にあふれることになる。それがCGMということだ。

ゴールドラッシュの時に、一番儲けたのは、金鉱の脇でスコップを売る男だったと言うが、アップルは、CGMという金鉱の入口をMacBookで押さえ、出口をiPadで押さえようとしている。

CGMとかプロシューマとかいうことは、随分前から言われているが、今好調な企業は、アップルに限らず、そういう長期のトレンドを後押しすることで儲けようとしている。商売としてはまっとうなやり方だと思う。CGMという金鉱そのものが新しい富を生み出すことはないが、出口と入口には儲けるチャンスがあったのだ。


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