トルシエのリーダーシップ

「まさか土地が暴落するとは・・・」と言って、危機に対する備えのなかった銀行はボロボロになって立ち直れなかったが、フランスも「まさかジダンが欠場するとは・・・」と言って立ち直れないまま一次リーグで敗退した。やはり、危機管理の不足である。

それに比べ日本は「まさか森岡が欠場するとは・・・」とは言わず宮本が立派に代役を果たしロシアに勝利した。怪我をしたのがたまたま代わりのいるポジションの選手で、日本は運がよかったということではなく、日本チームは全てのポジションにちゃんと機能する代役を用意してある。中田と小野が欠けたとしても、一切力が落ちないとは言わないが、少なくともベストメンバーの80%程度の力を出すオプションは何種類も持っている。

安易にレギュラーを固定せず、競争による緊張感を維持したトルシエの功績だと思う。

しかし、このやり方では、選手にとっては常に違う選手からパスを出したり出されたりという状況が続き、戦術の理解に手間取るという弱点があったのではないだろうか。そこを補えるだけの明確なビジョンをトップが持っていたからこそできたことである。

実際、稲本はもちろんのこと、2アシストの柳沢や地味に守備をこなしたDFの三人や服部や戸田のようなめだたない選手も含め、全員が実力以上の力を発揮している。そうでなければ、ワールドカップで勝てるはずがない。選手はピッチに出た瞬間に迷うことなく自分のすべきことを把握できていたということだ。

トルシエの選手育成の手腕がなかなかのものだということは最初から少しは見えていたが、采配、つまり選手交代にはいろいろ疑問があった。俺は、この人は理論はしっかりしているが本番に弱い人で、パニックしたまま選手を代えているのではないかとさえ思っていた。結果的に見るとそうではなく、一見意味不明の交代も含め、全てが意図を持ってなされていたことのようだ。つまり、あえて短い時間しか選手に与えなかったり、苦手なポジションでプレーさせたりして、極限状態における選手の潜在力を計っていたのかもしれない。全てのポジションに補充があって、何が起きても対応できるオプションを持つチームは、そこまでしなければ作れないと思う。

すなわち、トルシエはワールドカップの本番においてあるべきチームの姿を就任すら自分のビジョンを現実化することに専念してきたのだろう。

そのビジョンとは、守備的フォワードという世界にも類のない珍妙な役割から、世界レベルの選手がいる中盤を活用すること、多少リスクがあっても中盤を生かせる3バックによる守りなど、いろいろなレベルの詳細を統一したコンセプトとしてまとめたものだ。このビジョンは日本のレベルを冷静に見すえて、危機管理を念頭において作られたものである。それがワールドカップという非常にプレッシャーのかかる舞台において適切に機能した。これは、トルシエのサッカー指導者としての才能を示していると思う。

しかし、そのビジョンを具現化するためのリーダーシップ、選手の気持ちのある部分や外野の評判というものを一顧だにしない強烈な目的指向には、フランス(ヨーロッパ)の伝統を感じる。リーダーというものはそういう存在であり、嫌われても全くかまわない、ただ結果を出すために存在するものである。そういう人間をを育成するためのノウハウと理念のようなものが背後にあるのを感じる。

明らかに日本にはそのようなリーダーシップは存在しないが、それを外部から調達できてそれが機能したこと、そのリーダーシップのもとで活躍できる一組の若者が出現したことは、この国にとってとても明るいニュースだと思う。