Webの次はすでにいつでもそこにある

Webが死につつあると最近よく聞くようになってそうかもしれないと思いかけたが、IPFSを知って考え直した。

と言っても、IPFSがHTTPを置き換える未来を確信した訳ではない。ホワイトペイパーを眺めてみて、「最近は革命もお手軽にできるようになったもんだな」と思ったからだ。

IPFSの構想は壮大だが、その技術はすでによく使われているものの使い回しだ。DHTベースのP2P, BitTorrentベースのファイル転送、gitとほぼ同じデータ構造の組み合わせで、Filecoinという仮想通貨ベースのシステムで、データの永続性のためのインセンティブを与えるということらしい。

実装に使われたGo言語も含めて、全てしっかり実証された技術だけを使っているので、これはうまくいくだろうと思った。

しかし、たとえば、公開鍵暗号とか表計算のような、本物の天才のヒラメキは感じない。誰でも思いつきそうだし、ちょっと腕のある人なら誰でも実装できそうなものだ。この組み合わせがうまくいくなら、これを作った人は天才と呼んでもいいかもしれないが、公開鍵暗号の発明が数十年に一人の天才だとしたら、こちらは、一年に一人とも言えなくて、一年に10人くらいは、これくらいの人が出てきてもいいように思う。

でも、一年に10人くらいのレベルのそれくらいの天才の人にとって、今は、とても仕事がしやすい時代なのだと思う。DHTとBitTorrentとgitがすでにあって、その技術はソースコードレベルで公開されていて、それくらいの人なら、一瞬で自分の武器として使える。

つまり、世界は特異点を越えたのだ。特異点とは、ターミネータが人類に反逆する日のことではなくて、AIがAIを賢くする正のフィードバックがかかり始める日のことで、それと似たような意味で、過去の天才の成果物が現在の天才を支え、その現在の天才の成果が、明日の天才を超加速する、そのフィードバックが止まらなくなる日だ。

Webの未来を予測するには、衆愚の行き着く先ではなく、1年に10人くらいの天才のやることをウォッチすべきだ。数十年に一人の天才は、いつ生まれるかわからないし、何をするかわからない。でも1年に10人くらいのレベルだと、そういう人が継続的、安定的に生まれてくることは確実だ。そういう人たち同士の相互作用が、これからすごいことになって、IPFSくらいのレベルのプロジェクトを次々起こしていくというのが私の予測だ。

そういうものがどれくらい使われるようになるかは、GAFAがどれくらいEvilになるかにかかっていると思う。

GAFAが、何もしなくても今の独占的地位を保っていられると思うのが間違いだ。GAFAは、こういうIPFSのようなプロジェクトに追われているが、それに負けないくらいの勢いで革新し続けているので、今の地位を保っている。Evilになる暇はないしそれはよくわかっていると思うが、もし仮にEvilになれば、一瞬でそういう新顔に抜かれてしまうだろう。

GAFAが世界を支配しているそのすぐ下に、ダイナミックで不安定なレイヤーができていて、この層の厚みが一方的に増して行くというのが、これからの世界だ。これはプログラマだけに見えるいびつな世界観なのだと思うのだが、ご承知のようにソフトウエアは世界を飲み込むので、この世界観がスタンダードになるべきだと思う。

Webが使いづらくなったら、IPFSのような別の選択肢が注目を集め、注目を集めれば一瞬でスパークするだけの潜在的能力を持ったプロジェクトは他にもたくさんある。

そして、それらの屍をサーベイして、さらにいいものを作るであろう1年に10人レベルの天才は、今も生まれ続けている。その人たちは、IPFSの時よりもっと豊富な過去の成果をスタート地点として仕事を始めるのだ。

衆愚とGAFAだけ見ていてはWebの未来はわからない。そこに割り込んでいくる中くらいの天才の集団(の予選を勝ち抜いた人)の動きが最も重要で、むしろそれが一番重要なファクターになる特異点を越えたような気がする、というのが、IPFSを見て感じたことだ。

だから、Webがこれからおかしくなって崩壊することは充分あり得ると思っているだけど、それを待ってそこから飛び立つ人を世界はこれから必要以上に供給し続けると私は思う。それは感情的な希望的観測ではなくて、物理学の法則のようなメカニズムとして、何かが確立したような気がする。