将棋界がgenerativeであり続ける理由
21世紀型企業のモデルとしての日本将棋連盟というエントリにこんな意見がありました。
日本将棋連盟にはいろいろな問題があって、とても組織運営のモデルにはならないという話です。
「公益法人に対する法律改正」の件だけは初耳でしたが、その他は一応、概略は知っていました。確かに、将棋連盟にはいろいろな問題があります。将棋界のことを良く知っているファンの方は、多くの人が「夜に猫が住む研究室」さんと同じ意見ではないかと思います。
そもそも、前のエントリで、何故私が将棋連盟を評価するかということについて書いていませんでしたが、私は、次の点において、将棋界は全体としてよくやっていると考えています。
- テレビ、テレビゲーム、ゲーム、インターネット、携帯等、室内で行う娯楽には強敵がたくさん
- 野球、自動車、飲みニケーション等の、前の世代で一般的だった娯楽が軒並衰退している中で、現状はよくやっているのではないか
- ここ10年くらいの間、新しいイメージの棋士がたくさん生まれ話題になっている
- 羽生世代(1970年生まれ)が活躍し輝いているジャンル
- 不十分であるにしても、危機的な状況に陥る前の段階で改革をしようという姿勢は見られる
まず、将棋界の現状をどう評価するかですが、30年から40年くらいのレンジで考えると、将棋というゲームそのものが逆境にあり、その環境は悪化する一方であるという前提で考えるべきだと思います。
テレビゲームが無かった頃には、子供が室内で気楽にできて長く遊べる遊びとして、自然に出てくる有力な選択肢が将棋でした。だから、何もしなくても一定数の新規ユーザを自動的に開拓できる状況にあったわけですが、その時点から考えると将棋というゲームにとっての環境は悪化する一方です。
最近、こういう「若者の○○離れ」というスレが、2ちゃんねるで定期的に立ちますが、将棋も、このような若者の消費行動の変化の流れの中で衰退していってもおかしくないジャンルでしょう。
ところが、実際には、将棋はそんなに存在感を落としていないように感じます。それどころか、若者の意識の中に新しいポジションを獲得しつつあるようにも見えます。たとえば、ニコニコ動画にも将棋関連の面白い動画がたくさんアップされています。
まあ、これは、ひふみんとハッシーという二大スターのおかげかもしれませんが、下記の動画を見ると、それ以外の棋士もそこそこ話題となっているようです。(これはコメントを促す為の動画なので特に中身はありません)
相撲の検索結果と比較すると、よくわかります。
力士が出てくる動画は少ないし、あまり話題になっているものは無いようです。動きのある相撲の方が、動画で見て素人にも理解しやすいし、ネタにもしやすいような気がしますが、どうもそうはなってないようです。テレビの放映時間や動くお金を考慮すると、将棋はよくやっていると言えるのではないでしょうか。
それともう一つ注目すべき点は、羽生世代の活躍です。棋士や濃い将棋ファンから見ても、1970年代生まれの人たちが、ここ10年で将棋の歴史に残した実績は無視できないものがあると思います。
これは、羽生さんという特異な大天才に負う所も大きいし、20代から30代にピークを迎える将棋という競技の特性による所も大きいと思いますが、同時に、将棋界には、実績や実力をそのまま伸び伸びと発揮できる環境があるように私には思えます。
たとえば、同じような頭脳ゲーム的分野である、数学や物理等の分野で大天才が出現したら、日本のアカデミックな世界は、そういう頭脳をここまで野放しにできるかどうか。本人は放置するしかないとしても、その反動が同世代の他の人たちに向かうのではないでしょうか。
1970年生まれと言うと、ロスジェネ世代にギリギリ引っかかっているわけですが、何故将棋界ではこの世代が輝いているのか。これは無視できない問題だと思います。
ただ、将棋界には何も問題がなくて、何もしなくてもこのまま順調かと言えばそんなことはありません。「夜に猫が住む研究室」さんが指摘するように潜在的には多くの問題に直面しています。
ここについては、私は拙速ではあるかもしれないが、とにかく手を打っているということを評価したいと思います。
- フリークラス制度の導入
- 瀬川晶司氏のプロ編入
- 名人戦の毎日・朝日共催
これらは、いずれも議論を呼んだ大きな改革です。その進め方や改革の内容について問題が無かったかどうか、その点については私は詳しく知りません。
ただ、どれもその時点では「現状維持という最も安易な選択肢」は可能であったと思います。現状維持で何もしなかったら、長期的には問題が大きくなってより大きな危機に直面するとわかっていても、その時点だけ見たら、それが一番楽な選択肢です。改革を行えば、誰もが納得することはあり得ないので、大なり小なり批判を受けます。
そういう時には、安易に現状維持を選んでしまう組織が多いものです。そのパターンが日本中であちらこちらに見られます。
- 危機の一歩手前で改革に踏み出す姿勢
- ロスジェネ世代の活躍と理論面の急発展
- ニコニコ動画に見られる若者の好意的な反応
このあたりを全体として眺めると、やはり将棋界には、あまり他では見られない特性があるように思えます。それを何という言葉で呼ぶかいろいろ考えて、タイトルにはgenerativeという表現を使いました。
この言葉については、下記を参照してください。
将棋界は見てて面白いです。それが generative という言葉にあてはまるのかどうか、ちょっと自信がありませんが、全体として「見てて面白い、ワクワクする」という点で、これからも多くのコンテンツを生み出し続けるような期待を持たせるジャンルだと思います。
ただ、それをいきなり日本将棋連盟の組織構造につなげようというのは、ちょっと乱暴すぎる主張だったかもしれません。
私が言うような観点では、日本相撲協会も似たような組織になっているのに、結果は全然違います。ここを全然説明できない。
また、棋士の組織運営への関与という点についても、会長と理事は分けて考えるべきだと思いました。理事は、将棋の実績や年齢で暗黙の条件に該当する棋士の中から、適性というか人柄というか、それなりのフィルターがあって選ばれます。しかし、会長は、将棋の実力No1(かそれに匹敵する人)が、年齢順にほぼ自動的に選ばれるような形で、ほとんど選択の余地がありません。
会長が問題を起こすのは、資質によって選別する余地のない、この会長選出のシステムからくる必然とも言えます。
日本将棋連盟の中に何か抽出すべきヒントがあるということは間違いないと思いますが、何を抽出すべきなのかは、もう少し慎重に考えるべきかもしれません。
それとdekainoさんからコメントでいただいた質問について
社団法人日本将棋連盟は営利企業ではありませんから、そもそも組織の目的が違います。運営(経営)もいわゆる営利企業とは別次元の原理原則で動くわけで、とても企業のモデルになるとは言えないのではないでしょうか?
今世紀型企業は利潤の追求ではなく構成メンバへのサービスに主眼を置くべきだという趣旨なら、それはもはや企業ではありません。
今の営利企業で一般的な官僚制とか機能別組織は、行政組織や軍隊をヒントにしている部分があると思います。だから、営利企業以外の組織を参考にすること自体には別に問題がないと思います。ただ、何を抽出するかについては、より慎重になる必要があると思いますが。
それと、アップルのように、経済的合理的な要素とは別の「文化」のようなものを提案して、それを競争力の源泉とするという戦略がこれから増えてくると思います。何か別の軸を持って無いと、グローバル経済の中で単なる規模の競争に晒されてしまうのですから、世界レベルで業界トップに近い位置にいなければ、多くの企業は「文化」のような何か別の軸を求める必要があると思います。
将棋連盟も「文化」を普及させることで副次的に収入を得る組織であり、「文化」内部の価値観による評価と同時に財政的な健全性を要求されます。そういう点では、参考にすべき事例になると思います。