わかることから書き始めてわからなくなるまで書く

ちょっと前に気がついたのだが、ブログを書くコツは「わかることから書き始めてわからなくなるまで書く」ということではないかと思う。

当然、人に読んでもらうためには、嘘やデタラメではよくないので、自分が良く知っていることを書くべきだ。しかし、知っていることだけ書いていたら、読んでいる人のタメにはなっても自分は面白くない。書いていて面白いのは、自分にもよくわかってないことを書くことで、その方が後で読んで面白い文章になることが多い。

私は、常にそういう矛盾の中でブログを書いているのだけど、それを長年続けているうちに自然と出来あがってきたパターンのひとつが、「わかることから書き始めてわからなくなるまで書く」だ。

私が書くことは、自分が知っていることと知らないことの境界線上にあることが大半だが、知らないことを書くと失敗するので、その境界線の内側から書き始める。だけど、自分の志向はわからないことに向いているので、どうしても、そこからハミ出そうとする。さまよい歩きヨロヨロと知らないことの方に近づいていって、「これ以上を書くと嘘や妄想になる」という直前でやめる。

これができて、文章としてまとまっていたら、それは自分にとっては良く書けたエントリーになる。

実際には、往々にして、勢いで行き過ぎてわからない領域に突入してしまうことも多いのだが、長年やっているうちに、その呼吸のようなものがわかってきて、わからなくなる直前で文章が終わるような書き方が多少は身についてきたような気もする。

これに気がついたのは、次の言葉がきっかけだ。

「もし世界をわかってしまうと、世界はわかられないように形を変える」

それと、簡単にはわかってしまわない為の論理として、ラカンペンローズの本を読んだこともきっかけになっている。

ポイントは、この二つのエントリで紹介されている図である。ペンローズの方は「物質的世界」「精神的世界」「プラトン的世界」の図で、ラカンの方は「ボロメオの結び目」という名前の「想像界」「象徴界」「現実界」の図だ。

どちらも、キーワードを3つ提示して、その3つがじゃんけんの関係になっていて、何かを飲みこみながら別の何かに飲みこまれるような関係になっている。こういう図式で物を考えると、意図的に理解を留めなくても全てがわかってしまうことはない。

もうひとつのきっかけは、次のエントリーについて考えたことだ。

「グーグルの株価予測」という想定は、二値の論理で世界をわかってしまうことの困難を端的に表している。

おそらく、グーグルならば精度の高い株価予測を行なうことはできるだろう。しかし、それがもしスタートして現実に高い予測精度を示したら、グーグルの予測に従って売買するファンドができて、そこに資金が集中して一瞬でバブルになる。それをしないプレーヤーからは資金が逃げ出す。そしてすぐにバブルがはじけて暴落する。そういう乱高下は予測できない。

グーグルが株式市場という世界をわかってしまうことはできる。しかし、わかってしまうことによって、グーグル自身が株式市場というシステムのキープレーヤーとなることで、その一部になってしまう。自分自身を含んだ計算可能なシステムは、不安定ですぐ崩壊してしまうのだ。

これを防ぐ為には、グーグルが意図的に一部の銘柄を予測の対象からはずせばよい。そうすれば、グーグルの予測に依存しないプレーヤーにも、予測対象外の銘柄という活動の場が残る。そうすると、確実性を求めるマネーはグーグル依存のファンドへ、リスクマネーは対象外のファンドに流れて、適度な循環の余地があるので、市場が安定して継続していく可能性が生まれる。

グーグルのシステム(観察する主体)と予測対象の株価(観察される対象)とグーグルに依存しないファンド(観察の枠外)は、それぞれじゃんけんの関係で互いに依存しあう関係になる。

ラカンペンローズも、「意識」という観察する主体について徹底的に観察し思考した人だ。自分を完全にわかってしまうことの困難に直面したことから、真偽、内外等という2値の論理を超えた、じゃんけん的モデルを産み出した。

世界をこのようにとらえていくと、世界は実にうまくできていることに気がつく。自己言及する主体は、絶対に世界を完全に理解できないように、この世界は巧妙に設計されているのだ。

それは神の存在証明と言ってもいいくらいだと思う。

「わかることから書き始めてわからなくなるまで書く」というのは、そういう神と神が創造したこの世界に対する敬意の表し方としても、なかなか良いメソッドではないかと思っている。

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