おまえらいい加減にせんと無検閲のgoogle.com見せちゃうぞ!

「グーグルが中国から撤退か?」というニュースが話題となっているが、もしそうなった場合、グーグルと中国政府の間で、熾烈な情報戦が始まることになるだろう。

しかし、この情報戦は普通と違う。普通は情報戦と言ったら、互いに相手に自分の持つ情報を見せないようにしている中で、そのガードをかいくぐって、いかにそれをgetするかという戦争だ。

グーグル VS 中国政府の戦いはその逆に、中国の人たちにグーグルを見せるか見せないかの戦争になる。

グーグルはこれまで、中国政府の検閲を受けいれた google.cn を提供していたけど、中国から撤退するということは、google.cn をやめて無検閲の google.com を中国の人たちに見せるということだ。

中国政府は当然これを遮断して、 google.com はもちろん、グーグルのサービスにはどれも中国国内からアクセスできないようにするだろう。

何でグーグルの堪忍袋の尾が切れたのか、もう一つよくわからないが(何か表に出てない事情があるような気もするが)、怒ったグーグルは「おまえらいい加減にせんと無検閲のgoogle.com見せちゃうぞ!」と言い、中国政府は「そうはさせるか、グーグルを全部締め出してやる」という喧嘩が始まったということだ。

これは、政治と技術、あるいは、政治とビジネスという異質な二つの領域の間で起きた衝突なので、どちら側の専門家もこのインパクトの大きさを掴みきれてないような気がするが、非常に大きな事件だと思う。

たとえば、グーグルのサービスが利用できないとしたら、Android携帯は中国国内では無用の長物になってしまう。Android携帯はネット接続が前提となっていて、グーグルに接続できないとかなりの機能が使えない。中国に出張する(可能性のある)ビジネスマンは、AndroidでなくiPhoneにした方がいいかもしれない。

あるいは、Google Apps というgmail(+もろもろ)の企業版を使っている会社は、中国へ出張した人とパソコンのメールも通じなくなるかもしれない。

あるいは、Webサービスを運営するのに、Google App Engine というグーグルのレンタルサーバを使っていると、それだけで中国のユーザはアクセスできなくなるかもしれない。

実際に、google.com 以外のサービスをどこまでアクセス遮断をするかは予想がつかないし、技術的にどこまで可能なのかは私にはわからないが*1、おそらく、中国政府が基準を明らかにすることはないので、全てのグーグルのサービスはいつ遮断されてもおかしくないと考えておくべきだと思う。

そうすると、グーグルと(潜在的に)競合する会社は、中国国内での安定したアクセスを売り物にするかもしれない。たとえば、Android携帯がこれからシェアを伸ばしiPhoneに迫ってきたとしたら、「中国で安心して使えるかどうか」は大きなセールスポイントになる。他のサービスも同様だ。「絶対にグーグルが来ない巨大市場」は、グーグルと競合する企業にとって大きな魅力となる。

そうなったとしたら、グーグルはこれに対抗して、技術的な手段でアクセスを確保しようとするだろう。

たとえば、VPNという技術がある。

基本的には、VPNとは社外から会社の中にあるLANにアクセスする技術だ。マクドナルドの無線LANを使っていても、会社の中にいるのと同じ状態で、安全に社内のサーバにある文書にアクセスすることができる。通信は暗号化されているので、盗聴されても文書の内容を見られることはない。

これは、社内の情報にアクセスするだけでなく、Webやメールのようなネットアクセスにも使える。VPNを通して、自社経由でネットに接続するのだ。

このVPNを通してインターネットにアクセスすると、中国にいても自分の会社の中からネットを見るのと同じことになる。だから、中国政府がいかに検閲しても、会社から使えるサービスは、gmailであれGoogle Appsであれ、何でも使える。

IPSecOpenVpn等、オープンソースで実用的に使えるVPNソフトが既にたくさんあるし、iPhoneにも標準で入っている。

だから、Android携帯は、VPNを前面に押し出して、VPN接続をデフォルトとするかもしれない。そうなれば、中国によく出張する人でも安心してAndroid携帯を買うことができる。

中国政府は、VPNそのものを禁止しようとするかもしれないが、一方で社内にある機密情報にアクセスする為のものでもあるので、さすがに技術そのものを禁止するのは難しいだろう。

グーグルは、VPNソフトの開発を支援して、これを使いやすくしたり、各種製品にデフォルトで搭載するよう働きかけるかもしれない。

そして、VPNが一般的になっていくということは、「グーグルを遮断できない」というだけの話ではなくて、ありとあらゆる検閲が非常に困難になるということでもある。

仮に、中国政府がグーグル排除の姿勢を明確にしたら、グーグルは社運をかけて、VPNを推進していくだろう。

あるいはそれは、VPNでなく、P2Pになるかもしれない。本来は、P2Pは、自社のデータセンターに全てのデータをためこみたいと思っているグーグルにとっては天敵のようなもので、何もなければグーグルがP2Pを支援する等ということはあり得ないが、中国政府との対立関係が明確になったら、グーグルも本気になってP2Pに取り組むことが無いとは言えない。

Winny騒動が世界中で起こるということだ。

「中国からのアクセス」がグーグル社内での重要な課題になれば、それを実現する新しい技術やサービスを開発した人は、グーグルの中のヒーローである。社員こぞってその方法を研究するだろう。P2Pは予想できたというか既知の技術だったが、誰もWinnyを予測することはできなかった。同じように何かちょっとした工夫や組合せや洗練された実装で、これまでにない検閲回避の技術がグーグルから生まれるかもしれない。

グーグルにとって中国から完全に締め出されることは、中国市場を失なうだけでなく、他のあらゆる国での多くのサービスで大きなマイナスの影響を受けるということだ。中国政府にとって、VPNP2P的なものが一般に広まるということは、グーグルを締め出せないというだけのことではなく、他のあらゆる都合の悪い情報を隠しとおせなくなるということだ。どちらにとっても死活問題だろう。

インターネットとは、パケットを平等に世界中に運ぶもので、そのパケットの中身が何であるかは両端にいる利用者同士の合意で決まる。誰にも利用者同士の合意に介入することはできない。それがインターネットの原理である。この原理そのものが世界に与える影響は、やはり小さいものではないと改めて思った。


一日一チベットリンク信濃毎日新聞[信毎web] ダライ・ラマの訪問、6月19日参拝、20日講演会 善光寺発表

(追記)

まさか、google.cnでいきなりやるとは思いませんでした→天安門事件の「戦車の男」、中国で閲覧可能に グーグルの検閲中止発表後 国際ニュース : AFPBB News

*1:原理的にはIPルーティングやファイアーウォールの動作はだいたいわかっているけど、今の基幹ルータはデータ量が桁違いなので、ちょっと想像できない