退却戦としての治安維持(ネットに関わる領域における)のあり方

これは退却戦の典型的な失敗例だと思う。

ただ、ウィニーの使用自体には違法性はないことから、「私用パソコンでは使用の自粛を求めている」という官公庁が多い。法務省の幹部は「基本的には職員個人のモラルの問題だ。しかし、流出に対する危機意識を一人一人に持たせることは必要」と話す。

法務省の幹部が実質的に使用に違法性が無いとコメントしてしまった。ということは、使用しても問題ないものを開発すると逮捕ですか?

「アップロードは違法であるが、ダウンロードは無罪、逮捕した主犯はアップロードしていた使用者で、開発者をそれを幇助した」とすれば一応筋は通るが、今度は、これと同じことをして逮捕されないものについていちいち釈明していかなくてはならない。今朝のとくだね!では弁護側の包丁理論とともに、DVDレコーダはどうなのか?みたいなことをやっていた。ネズミ取りの検知器とか、明かに主な用途が違法な目的なのに販売されているものはたくさんあるだろう。

そういう議論が一般人の目にとまれば、「法的な意味あいは同等でも、社会的な影響度が重大であるからWinnyだけは放置できない」という主張をせざる得なくなり、やはり、「モラルの問題だ」という法務省のコメントの意味は大きいだろう。

これが、2004年であれば、このコメントの影響力は小さかったかもしれない。その頃には、ウィニーのユーザはもっと限られていた。ウィニーは、誰も知らないアヤシゲなソフトで、使っているのは気持ち悪いオタクや2ちゃんねらであって、よくわからないけど、そんな気持ち悪い連中が愛用しているものを警察の人が「これはイカン」と言うなら、それは悪いもんだろどうでもいいけどくらいに考える一般人が多かった。しかし、2年の間に、それは公務員や警察関係者を含む一般の人の間に広まってしまったし、電車男のせいか2ちゃんねるやオタクもそれなりの市民権を得てしまっている。オタク相手であってもあんまり筋の通らない弾圧はできなくなってしまった。

グレーゾーンで人を逮捕、起訴するということは、5年間売れない約束で株を買うようなものだ。どんなに状況が変化して株が暴落しても、いったん起訴した裁判を途中でやめることはできない。検察に損切りという選択肢はない。

国民の倫理観に筋が通ってなくて、「世間の目」という実に流動的な価値観で左右される国において、ネットに関わる裁判をするなら、世論の動向について綿密なリスク管理が必要だ。検察や警察が右往左往して、どんどんトンデモになっていくのを見るのは面白いことは確かだが、治安維持に関わる機関の権威や信頼感が失墜することのマイナスは大きい。しっかりしてもらわないと困るのだ。

そこで、具体的なアドバイス

  1. チープ革命(回線は一方的に安くなり、利用者はどんどん広がる)という概念を理解する
  2. 個別の物事の発展は予見できるが、その相互作用は予期できない結果を生むことを想定する
  3. 誰もが納得できるような倫理観の共通範囲はどんどん縮小していくことを覚悟する

2004年の時点でも、P2Pの利用者が拡大し一般化することは充分予見できた。まさか、これほど原始的なウィルスに多くの人が引っかかることは予想できなかったが、P2Pがインフラ技術となりインフラとなることの宿命として、さまざまな非技術的問題と接触することは予測できたはずだ。だから、「P2P=よくわからん=あやしげ=たぶん悪」という2004年に通用した一般的な通念が、裁判が終わるまで維持できないことは想定する必要があったと思う。

もちろん、これを放置していればいたで、別の方面から「警察は何をやっているのだ」という非難の声はもっと強くなっていたかもしれない。だから、単に「こうなってしまったのは失態だ」と言うのは結果論だが、「どうやってもこれに関わるとロクなことにならない。退却すべきである」ということは、上記三点の原則で真剣に検討していれば、予想できたことだ。

とにかく、その時点での世論の動向に乗っかってグレーゾーンに手を出すとヤケドする、というのは、もはや法則として確定している。

だから、こういうことの善悪を裁定する機関は、次のような性質の別の機関(「情報なんとか委員会」みたいなもの)にまかせた方がいいと思う。

  • どうやっても権威が失墜し批判が多いことを想定して、警察や検察本体から切り離す
  • 多少拙速でもいいから状況の変化にすばやく対応できる身軽さが必要
  • 対象領域や原理原則を明確化して、その原理原則はきちんと政治的な承認を得る
  • その機関の運用自体の透明性、公平性を警察、検察が外からチェックする

そのようにして、警察や検察は、狭い分野の治安維持できちっとした仕事をしてほしい。それが国民にとってもいいし、彼ら自身にとっても結局はいい結果をもたらすと思う。