リスクテイカーという貴重な資源

ゴーンさんのこれまでについてはよく知らないし、これからどうなるのかもわからないが、そういう私にも確実に言えることがひとつあって、それは彼がリスクの取り方をよく知っているということである。

私たちは、彼が出国に成功した時点からネタバレで見ているので見落としがちだが、実行前には、これはどうなるか誰にも予想できないことであったはずだ。特にゴーンさんの視点から見ると、彼は他人が自分の思惑通りに動かないという体験を、最近しているわけである。

ここ数年は勇退のチャンスも何度かあったが、それに乗らなかったのは、まさか自分の蓄財が不正として告発されるとは夢にも思っていなかったからだろう。それがグレーなのかクロなのかはわからないが、日本政府やフランス政府も含め、ほとんどのステークホルダーにとって、自分を日産ルノー連合のトップに据えておくことが得だと考えていたのだと私は思う。

日産の経営は単なる自動車会社の経営ではなくて、日仏両政府の綱引きの中で政治的な微妙なバランスに乗った綱渡りで、そんなことができるのは自分しかいない。その自分を蹴落としたら、会社が傾いて、日産の役員や社員はもちろん、日仏どちらの国民にとっても政府にとっても損な選択だ。

いかに彼が不正なことをしようが、横暴なことをしようが、そんな損な選択を関係者がするはずがない、彼はそう思いこんでいた。

しかし、世の中には損得を考えないか損得が全く見えない人間がいたのだ。それを彼は拘置所の中でいやというほど痛感しているはずだ。

彼の出国に誰がどういうかたちで関わったのかも私にはわからないことだが、多くの人間の協力が必要なことは間違いなく、その全員に十分な見返りがあることもおそらく間違いないが、ちゃんと見返りがあるはずなのに自分を裏切る人間がいる、という経験を彼は最近したばかりで、そのために、長時間の取り調べなど辛い思いをさんざんしているのである。

いくら下調べをしても出国は一発勝負で、一発勝負特有の多くのリスクがある。確実にしようとリハーサルとかを入念にすれば、バレる危険も多くなるので、協力者を信じて少ないチャンスに賭けるしかない。

こういうプロジェクトに乗れて、なおかつ成功するというのは、やはりゴーンさんは優秀なリーダーなのだと思う。

ここでリスクを取らないとジリ貧になるという自分の状態を受け入れられるということだし、リスクを減らすための方策は全部打つということだし、リスクとリターンをきちんと総合的に評価できるということだ。しかも、それを評論家的な立場から言うのではなく、自分の身の安全がかかった状態で多くの人が関わるプロジェクトとしてリスクを取れるということだ。

私はゴーンさんをヒーローとして見ているのではなく、資源として見ている。リスクテイカーは今の日本に最も必要な貴重な資源だと思っている。

ゴーンさんを告発したのは大きな間違いだと思うが、逮捕した以上は、法治の原則を貫き、身柄引き渡しに向けて最善の努力をすべきだ。だが、最大の失敗は逃したことではなくて告発したことだ。

ゴーンさんを上司にしたり友達にしたくはないが、社長や総理大臣にはリスクテイカーがなってほしい。リスクテイカーは石油や輸入食料品と同じように資源と見るべきで、リスクテイカーがグレーなことをするのは、つまりルールに対する観点や倫理観を一般の人と共有しないのは、ほとんどその資源の性質のように考えるべきだと私は考える。石油が燃えて危ないから輸入しないとか燃えなくするという議論は成立しない。その有用性を失わない範囲で適切に管理すべきで、石油だったら、必要量を輸入して十分な備蓄も確保せよとみんな言うだろう。リスクテイカーも必要量を輸入するか生産すべきであって、そのための費用は純粋に損得計算だけで考えるべきだと思う。