「弱い合意」の社会的機能

内田樹さんが、マスメディアの凋落というエントリで、新聞はインターネットに負けたのではなく自爆したのだ、という話を書いている。

新聞の凋落は、その知的な劣化がもたらしたものである。
きびしい言い方だけれど、そう言わざるを得ない。
新聞記事の書き手たちは構造的にある「思考定型」をなぞることを強いられている。
それは世の中の出来事は「属人的な要素」で決まるという思考定型である。
要するにこの世には「グッドガイ」と「バッドガイ」がいて、その相克の中ですべての出来事は展開しているので、誰がグッドガイで誰がバッドガイであるかを見きわめ、グッドガイを支援しバッドガイを叩く、ということを報道の使命だと考えているということである。
シンプルでチープな話型だが、現実にそういう話型に基づいて世の中の人の多くはふるまっているので、その話型で説明がつくことは少なくない。
「虚構が現実を圧倒する」ときには虚構に基づいて現実を分析し、虚構的にふるまう方が現実的である、ということはたしかにある。
けれども、それでは片づかない問題もある。
たくさんある。
たとえば、この鋳型から叩き出される思考は、そのような話型を生み出し続けている「構造」について遡及的に語ることはできない。

「『構造』について遡及的に語る」とは、たとえば、この極東ブログみんな亀井ポジションになりたい病というエントリだと思う。

ナショナリズムというと、ネットなどでは、日の丸・君が代靖国・反中国といったシンボルで表層に語られ、そのシンボルがいわゆる左派的なものを区別しているかに見える。だが、その実際的な政治の動きは、どちらも大きな政府を志向していくだけだ。その大きな政府は、「日本」という大看板ではないのかもしれないが、税を介した国家の機能の強化に集約されている。そして、税という国家システムによって守られた人々(公務員・公務員の外注産業・大企業組合員)が、その外部にある人にお慈悲を与えるという正義だけが許されている。税という国家システムから自立しようとする人を排除していく。 (強調は引用者)

税金はみんなのお金だから、みんなが納得するように使わなければならない。しかし、今は、社会、経済問題や世界情勢に関する認識や価値観が人によって大きく違う。全員が納得することは困難である。

何か新しいことを始めようとすると、新しい合意を築かなければならなくて、それは常に古い合意より困難なことなので、新しい合意はなかなか成立せず、結果的に、古い合意のまま運用していくしかない。

市場というのは、意見が割れている所にお金を突っこむことであり、売り手と買い手の見解が違うから取引が成立するわけで、売り手と買い手が合意したら取引が成立しない。

合意が難しく変化が激しい時代に、税金で回るお金を増やしたら、機能不全に陥るのは明らかだ。

政府がお金を使う時に考えるべきことは、目的と手段に分かれる。目的に関する合意形成は市場にはできないので、政治はそこに専念すべきだ。目標の優先順位が決まったとしても、世の中は複雑になっているので、どういうお金の使い方がその目的に対して効果的か、その手段に関する議論は必ず迷走する。少なくとも、手段に関する合意は走りながらやるべきで、その為には市場の役割を大きくすることは不可避だろう。

複雑な世界、単純な法則  ネットワーク科学の最前線
複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線

この本の中で、著者のマーク・ブキャナンは、還元論的思考とネットワーク科学を対比している。

ものごとを分割して最小単位に注目することが「還元論的思考」である。社会を属人的に見て「グッドガイ」と「バッドガイ」に分類していくのは、そういう思考法だろう。

それに対して、関係性に注目して、つながり方を抽象化して考えるのが「ネットワーク科学」だ。

人間の相互作用についてのいかなる説明も、原因を個人の利益に限定してしまうのであれば、経済のみならず他のあらゆる行動を特徴づけている人と人の関係の根本的な側面を捨象してしまうことになる。ことに、横の関係では信頼と協力が、また縦の関係では権威と服従が、個々人の動機で説明できることをはるかに越える要件となっているのかもしれない。(複雑な世界、単純な法則 P324)

これは、同書に引用されているグラノヴェターという研究者の言葉だ。彼は、転職経験者にインタビューして、転職先を見つけるのに役に立ったのは、家族やしょっちゅう会っている友人のような「強い絆」ではなくて、顔だけ知っている単なる知りあいである「弱い絆」だ、という先駆的な研究をした社会学者だ。

ブキャナンは、この「弱い絆」の重要性を、いろいろな分野に見い出す。

  • 多くのホタルが同じ周期で光る時にどうやって拍子を合わせるのか
  • 脳の中のニューロンの動き
  • イタリアの自動車業界の似たようなリストラがトリノでは失敗しミラノではうまくいった理由
  • 強引な都市再開発計画が、強行されてしまった地域と住民がまとまって差し止めに成功した地域

全部、近いもの同士のつながりではなく、遠いもの同士のつながり方が重要な役割を果たしたと言う。

ホタルとニューロンと社会的問題を一つの枠組みで論じるのは乱暴のように思えるが、人間とホタルと細胞を同じ一つのものとして抽象化しているのではない。地域や企業の中での人間のつながり方と、ニューロンの接続と、ホタルが他のホタルと光る拍子を合わせるそのつながりに注目して、そこを抽象化しているのだ。

これら全てにおいて、近いもの同士が密接につながった「クラスタ」が形成されていて、そのクラスタの機能や効用は自明のものであるが、クラスタ同士をつなぐ「弱い絆」の意味は、詳しい研究をしないとわからない。

直感的にはわからないが、詳しく研究するとわかってきて、詳しく研究してはじめて見えてくる事実に共通性があるので、それら全てを「ネットワーク科学」として抽象化しようとしている。

ブキャナンの事例は、どれも「科学」と呼ぶための最低限の客観性や再現性を持っているが、この思考の枠組みだけ借りて言えば、

「強い合意」に依存する税で回るお金を減らして、「弱い合意」の社会的機能を強化すべきだ。

という言い方をすることはできると思う。また、

還元論的思考」で「強い合意」に着目していては、社会の問題を論じることはできない。クラスタ間をつなぐ「弱い合意」を再構築することが大半の社会問題の鍵である。

となるだろう。


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人間の幸福、人間の満足感は、最終的に自分自身の内面から湧き出るものでなければなりません。金銭やコンピュータから究極の満足を得ようと期待するのは、間違っています。