増殖を想像する力
次のような人たちには共通点があります。
- ネット上で自社の悪口を言われ、それをもみ消そうとしてかえって悪名を広めてしまう
- 知りあい数人に見せるつもりでWEB日記を書いていて、有名サイトからリンクされあわてる
- セキュリティが甘くて個人情報を盗まれ、犯人を逮捕したけど流出は止まらない
おそらく、これを読んでいる人はこういう人たちとは正反対で、「彼らはネットのことをよく知らない」と思う人が多いでしょう。では、あなたがよくわかっていて彼らがわかっていないものは何でしょうか?
それは「増殖を想像する力」だと思います。ネット上の情報は広まる時は一気にすごい勢いで拡散します。それは予測不可能で不可逆的です。何がいつ広まるかは予想できないし、あるレベルまで広まったら基本的に回収できません。
そして、これを技術的なノウハウと関連させてとらえるのは間違いです。確かにコンピュータに慣れていて、大量のファイルをコピーしたり削除したりという作業を毎日やっていれば、体感的にネットのスピードを理解できるでしょう。また、ネット関連の技術を覚える為には、多種多様なサイトを見る必要があって、その過程でさまざまな「増殖」を目にします。そういう経験によってしか理解できないものがあります。
だから、技術力とそのポイントの理解度は比例しているかもしれません。しかし、これは技術的な問題では無いのです。単純なコピーは技術的な問題ですが「増殖」はそうではありません。
例えば、AirH"のネットワークは、技術的にはインターネットと似た要素がたくさんありますが、私がここで問題にしている「増殖」という属性がないのです。
AirH"が低価格の定額サービスをスタートできたのは、既存のPHS網の末端の局のハードをそのまま使えたからです。ソフトを入れかえるだけでサービスを開始できたと言う話なので、WindowsUpdateのようなしくみが設備の中に含まれていたのだと思います。
AirH"は最初は32Kで始まったサービスに128Kのオプションが追加されたり、いろいろ細かいサービス改善が行なわれていますが、そういうのもソフトの入れかえだけで可能であり、おそらく、中央からの指令でたくさんの局が一気にWindowsUpdateできるようになっていると思います。
もし、そういうソフトに致命的なバグがあったらどうなるでしょうか?それは大変なことですが、致命的なものではありません。場合によっては、全国的に数時間のサービス停止になるかもしれませんが、もう一度修正版への(あるいは前のバージョンへの)Updateをやり直すだけです。
管理されたネットワークでも情報は一瞬で広まりますが、インターネットと違ってそこではバグが広まった経路が修復に使えるのです。最初にあげた三つの問題とはそこが違います。情報が広まった経路を使って、それを修復したり打ち消すことができないのです。
それはどういう意味かと言うと、インターネットでは情報の拡散にたくさんの人が関わっているから不可逆的なのです。AirH"のネットワークでは、情報の拡散は特定のメンテ要員や開発者しか関わっていません。ですから、情報の拡散を管理、追跡することができます。しかしネットでは、たくさんの「名無しさん」が情報を拡散していて、それは管理、追跡できません。
「名無しさん」たちを理解できるか、想像できるかどうかが問題なのです。それがなんとなくわかっている人は、あまりヘマをしないのです。それがわかってなくて、ダイレクトな人間関係と管理された技術しか思い浮かべられない人が、冒頭のような失敗をするのです。
ですから、一番重要なのは、「増殖を想像する力」であって、それは技術でなくて人間の理解に関することだと思います。知性というより感性の問題だと思います。
「増殖」は技術的には絶対に解決できない本質的な問題です。例えば、少数しか見られない日記という方式を考えてみます。(実はかなり具体的な案があるので、この後に詳細を書きます)
私の案の他にももっといい案があるかもしれません。いくら巧妙に制限をかけても、Googleキャッシュを消すことはできません。Google相手ならrobots.txtやキャッシュ消去の申請でまだなんとかなりますが、クローラーがどんどん増えていけば、そういうまともな所ばかりではなくなるでしょう。
流出に制限をかけても、どこか一箇所でも穴があったら、そこから情報は逃げ出しても戻ってきません。究極的にはネットに公開した情報は一瞬で全世界の「ポケットGoogle」に配信されて、消去するには50億のコピーを削除することが必要になります。そして、その為には50億人の同意を得ることが必要になるのです。それは遠い未来だとしても、そちらの方向に我々は向かっていて、後戻りすることはあり得ないんです。
誰かがイジワルだったり怠慢だったり馬鹿だったりするとそうなるわけではなくて、たくさんの人が関わるデジタルデータと分散型ネットワークはもとからそういう性質を持っているのです。誰がどうやってもそれを永遠に回避することはできません。この流れははじまったばっかりで、まだ今のうちだけは、多少なりとも管理したような気になることはできるかもしれません。でも、それは回線のスピードと記憶装置の容量とそれを使う人間が増えていけば、いずれ破綻します。
我々はそれを受け入れ、それを理解し、それとともに生きていくすべを覚えていくしかないと思います。「増殖を想像する力」を身につけるしかないのです。