ブレーキのきかない技術、ブレーキのきかない組織

突然だけど、車にアクセルは必須のものだろうか。アクセルなんてものは、全開の状態で固定しておいたってかまわない。ブレーキを踏み込んでエンジンをかけて、少しずつブレーキを離す。そして、走り出したら、スピードをあげたい時にはブレーキを離し、さげたい時にはブレーキを踏み込む。もちろん、今の感覚とは違ってくるが、最初からそれで慣れてしまえば運転できるのではないか。むしろ、アクセルとブレーキを両方操作するよりブレーキ一本で運転できるわけで、ある意味単純になってかえって楽になるかもしれない。

…というのは嘘で、このシステムには致命的な欠陥がある。何が問題かというと「フェールセーフ」でないことだ。たとえば、ドライバーが急病になって意識を失う。あるいは、ブレーキが故障して動かなくなる。この方式だと、何かがあった時に必ず車は止まらなくなる。アクセル全開の車は、どんどん加速度を増し、致命的な事態となるまでは止まらない。

原子力というのは、本質的にはこういうシステムで動いている。すなわち、制御棒というブレーキはあるが、アクセルに相当するものがないのだ。燃料を発火させたら最後、エンジンはアクセル全開の状態になっていて絶対に止まらない。トラブルが起きて、通常以上にスピードが出たら、ブレーキを操作することさえも不可能になって、ますますスピードが上がって行く。

だから、ブレーキは頑丈に作り、ドライバー(操作員)はしっかり訓練されている。万が一のために、非常用のサイドブレーキも複数用意おく。ちゃんとやれば、問題は起こらないと彼らは言い続けて来た。だが、予想外の事態というのは起こるもので、ご存知のようにそういうしっかりしたシステムの外で「臨界事故」というのが起きてしまった。

問題は、燃料加工という工程を軽視してきたことではないと思う。ここを管理すればしたで、別の「予想外の事態」が起こるだろう。問題は何か起きた時にどっちに転ぶかだ。アクセルのある自動車は、ドライバーが手を離せば(足を離せば)止まる。アクセルのない自動車は、ドライバーが手を離せば暴走して止まらない。原子力というのは、本質的にフェールセーフにできない技術で、こういう(あるいはもっとひどい)事故は起こるものとして、それを織り込んで、使うか使わないかの判断をすべきだろう。

と私は思っていたのだが、先日、ある雑誌を立ち読みしていたら、「アクセルのある」原子力エネルギーというのもあるそうだ。専門用語では「未臨界」というらしいが、外から中性子を1つぶちこむと10個の中性子が出てくる。2つぶちこむと20個出てくる、という具合で、ぶちこんだ分に見合った出力が発生するが、ぶちこむのをやめると反応が止まる。外から何も言わなくても勝手に騒ぐのが「臨界」で、外からエネルギーを与えなければ反応が起こらないのが「未臨界」。原子力でエネルギーを発生させようとすると、「臨界」にしなくてはいけないものだと思っていたのだが(たぶん、それが常識だと思うが)トリウムとかいう燃料を使うと、「未臨界」でもエネルギーを取り出すことができると言う。

理論的には昔からわかっていたことで、専門の学者でも「未臨界で行こう」という人もいたらしいが、なぜか、原子力発電はウランを使った「臨界」、すなわち、アクセル全開固定の技術を使うことになってしまった。その記事に出て来た先生は、昔、役所に「未臨界」を採用するように働きかけたが、当時はすでにウランで開発がスタートしていたために、門前払いの状態だったそうだ。では、何で「臨界」の方が最初に採用されたかというと、原子力というのはそもそも軍事技術であって、原始爆弾から研究が始まっていたからだそうだ。そりゃ、爆弾なら故障して不発になる「未臨界」より、故障しても爆発する「臨界」の方が本筋かもしれない。しかし、発電でそのまま行くのは明らかに間違いだ。

まあ、こまごまとした事情を比べれば、トリウムよりウランの方が扱いやすい所もあって、コストが安いとかそういうセコイ所では勝っていたのかもしれない。しかし、本質論として、「未臨界」で行けるなら絶対そちらを選ぶべきだろう。少なくとも、選択肢として議論することくらいはすべきだった。

官僚組織というのも「臨界反応」と似た所があって、アクセル全開固定で目的に突き進む。政治や情報公開という「制御棒」でブレーキをかけてコントロールできてるうちは使い道もあるが、予想外の事態が起きた時は、どんどんスピードをあげておかしい方へつっ走る。原子力関係もそうだし、神奈川県警もそうだ。トラブルが起これば起こるほど、とんでもない方向へ暴走してスピードがどんどん増して行く。小さい間違いはおかさないが、間違いが起きたときに修正する手段がないだけ、大きな問題にしてしまう。原子力だって、「未臨界」を採用しないまでもスーパーサブとして育てておけばよかったのに、それができなかった。きっと、「先輩が決断し採用した臨界にケチをつけることはできない」とかそういうどうしようもない理由だろう。

こういうブレーキのきかない技術も組織形態もやめるべきだろう。他に選択肢がなければしかたないかもしれないが、ちゃんとあるんだから。え?……「ウランの代替はトリウムだけど、官僚組織のかわりは何ですか?」言わなきゃわからないかなあ…。毎回毎回、この言葉を使うのはマンネリで嫌なんだけど、あれしかないでしょ。そう、それです。「*オープンソース*」です。