吉本ばななの書評

吉本ばなな*が読売新聞で「スプートニクの恋人」のことを書いている。私はまだこれを読まずにがんばっているのだが、これにもそそられることが書いてあった。「やるせない物語だけど健康的」「健康的と言っても薄っぺらいものではない」という表現。これがすごくよくわかる。

私の父は、薄っぺらく健康的な人だった。都合の悪いことにはみんな目をつぶって、健康的に生きた。死ぬ前の3ヶ月を除くと、71年間の生涯で入院したことはなかった。しかし、彼にはいろいろなコンプレックスや恐怖があって、一生そういうものから完全に目をそむけて生きてしまった。

自分の中の闇に目をむけるのはしんどい。まして闇をかかえたまま、健康的に生きるのは不可能に思える。 *村上春樹*はそういう奇跡を成し遂げた人に見える。いや、「成し遂げた」という過去形はおかしい。そういう生き方は終わらない格闘になるのだろう。

その苦しさを抱えた苦闘の記録が「健康的」であることが、もうひとつの奇跡だ。彼の小説はそういう二重の奇跡の産物だ。だから、私は読まないうちから感動してしまうのだ。