カトラー:katolerのマーケティング言論: JR西日本、悪玉論を排す

JR西日本を叩いていればいいものではないが、それに終始するマスコミを叩くだけで終わっては同じことだ。

しかし、もちろん、その続きをしっかり考えている方もいる。


誰が悪者かという問題提起の仕方自体が、実は問題の本質を隠蔽することにつながるのであって、重要なことは、こうした事故が発生するに至ったプロセスとその出来事の構造を明らかにすることである。

そういう観点で、あるべき原因追及のひとつの形として、六本木ヒルズの回転扉の事故の検証プロジェクトと、それを取りあげたNHKの番組を取りあげているのがこの記事だ。私もこの番組は以前に見たが、大変印象に残っている。詳細はこの記事を参照していただきたいが、自分なりにこの番組の結論をまとめておきたい。

ポイントは以下の4点

  1. 事故の直接の原因は回転扉の重量が重くて、センサーが感知した後の制動距離が長かったこと
  2. 回転部分が重くなったのは、材料の問題(ステンレス製)と駆動部(モーター)が回転体の方についていたため
  3. 寒さ対策として回転扉が古くから普及しているヨーロッパでは、材料はアルミ、モーターは回転体でなく固定部についているのが常識
  4. 開発会社の倒産、買収、技術提携解消という経営上の理由で設計情報が失なわれていた

時系列で追うと

  1. 当初の設計の直輸入バージョン、つまりアルミのドアは高層ビルのビル風に弱い
  2. 日本向け(高層ビル向け)の改造時に補強の為、アルミがステンレスに変更された
  3. ステンレス化による重量増に対応してモーターの位置が変更されて、さらに重量増

(注) ↑この部分に番組内容とくい違いがあるという指摘がありました。詳しくは、本日のコメント欄を参照してください。

要するに、WHY、 つまり、「なぜそこがそうなっているのか」という情報が失なわれて、やってはいけないことをやってしまったわけだ。私はそのように受け止めた。

WHYが失なわれても、技術者は、HOW、つまり「何がどうして動いているか」はわかるし、トラブった時に「何がどうして動かないか」もわかる。根本的な設計変更は無理でも、HOWがわかれば、小刻みな改造は可能である。小刻みな改造を数段階重ねるうちに、いつのまにか危険地帯に足を踏み入れていたということである。

番組の中で、ヨーロッパのアルミ製のドアと、日本のステンレス製のドアで、制動距離の違いをビデオで見せていたが、確かに、アルミ製だとセンサーに手をかざした瞬間に、「プッ」という感じで一瞬でドアが静止する。ステンレス製でも、予想よりは瞬間的に止まるのだが、それでも止まるまでに数十cmは動いてしまう。

最終的な結果だけ見ていると、危険性の違いは一目瞭然であるのだが、ここに至る改良は、漸進的に行なわれていて、おそらく、その各ステップでは、前後に根本的な違いは無いように見えたのだろう。

WHY、つまり、「なぜそのような設計にしたのか」という情報は、日常の保守、改造作業においては不要である。だから、それを残すことをシステムとして担保しないと、時間がたつにつれて失なわれてしまう。当初の設計の何を変更してよくて、何を変更してはいけないのか。それを判断する為には、HOWだけでなくWHYの情報が必要なのだ。

プログラミングにおいても、HOWの部分は、(人間にはわかりにくいこともあるが)ソースコードの中に表現されている。だから、WHYをコメントとして残すことが重要だと言われている。

カトラーさんもおっしゃるように、番組では、このWHYが抜け落ちていく過程が、克明に明らかにされていた。そういう部分を地道に、論理的に追いかけることが重要だと思う。

(追記)

と書いてアップしたら、原記事に追記が書かれていて、その結論に深く共感したので、さらにコピペ。


今回の事故の原因究明で重要なことは、できるだけ手触り感のある形で事故発生のプロセスを「言語化」することだと考えている。それは、死者が見たもの、感じたものを追体験する作業と言い換えても良いだろう。この記事で紹介した六本木ヒルズの原因解明プロジェクトチームは、その作業を見事に成し遂げた。むろん神でもあらぬ限り、出来事の全て解明することなど不可能だ。わからなさがどこまでも残り続ける。しかし、そのわからなさを意識することが「畏れ」を持つことにつながり、死者を本当の意味で弔うことになる。