ダークマター主導経済

天文学の用語である「ダークマター」というメタファーで、ネットによる経済の構造変化を語ってみる。

今年の新書ベスト3

私は新書をそうたくさんは読まないけど、2006年という年を語る上で、この3冊は欠かせない気がする。そして、この3冊に共通するテーマとして「ネット列強は個人のエンパワーメントを促進する」ということがある。

ウェブ進化論」のその側面については、アドセンスは21世紀のフルブライト留学制度だで論じている。佐々木さんの本については、佐々木氏のググル本に自助努力系の人が登場する理由に書いた。どちらの記事も、読みかえすと、自分が書いた所にはいろいろ直したい所があるが、引用はいい所を引用していると思うので、そこだけを見てほしい。グーグルが個人に力を与えるという側面について、二人とも意識的に書いていることがよくわかると思う。

そして、二人が「エンパワーする」上からの視点で書いていることを、「エンパワーされる」個人の側から書いているのが「ヒューマン2.0」だ。これについては、R30さんの見事な書評があって、私としては付け足すことはない。

3冊とも、新書というサイズにはとてもおさまりきらない広がりを持っている本ではあるけど、あえてそれらの共通部分を見ていくと2006年の底流のようなものが見えてくる。

ネット列強のビジネスモデル

個人をエンパワーすることをビジネスモデルの根幹に置いているのはグーグルだけではない。

「ヒューマン2.0」には、eBayの売買だけで生計を立てている人が15万人いると書いてある(P154)。

昨日のエントリでも引用したけど、Casual Thoughts - Amazonの次の一手は何をもたらす?で分析されているように、Amazonの新サービスは、全てこの方向を意識的に狙っているようだ。

規模は比べものにならないが、「スモールビジネスの国」と「強者と弱者の国」で書いたように、Ruby On Rails開発者のいる37Signalsは、より徹底して「スモールビジネス」をターゲットにしている。

TIME誌の2006年の「Person of the Year」も、CNNの次世代ビジネス50人の重要人物の筆頭も、期せずして「You(あなた)」になっているが、これは、今伸びている企業が全て個人の方を向いて仕事をしているということを痛感しているからかもしれない。

ダークマターとは

ダークマターとは、天文学の専門用語だが、宇宙にある「見えない物質」のことを言う。

長い間、宇宙には星と真空しか無いと思われていたが、観測が進み、太陽系の外どころか銀河系の外のこともいろいろわかってくるにつれて、どうもそうではないことがわかってきた。

これらのページにその事情が説明してあるが、星、つまり、光や電波によって観測できる天体だけを勘定しているだけでは、どうしても計算が合わないのだ。

銀河系というものは、見える物質だけでは説明できない動きをしている。宇宙は、見えない物質、「ダークマター」で満たされていることが、だんだんわかってきた。

このダークマターというものに、「エンパワーされた個人」を重ねあわせると、ネットによる経済の構造変化のイメージがつかみやすいと思う。

銀河のヒエラルキー

見える物質に着目した宇宙の姿は構造化されている。太陽系の中心には太陽があって、その回りを惑星が回り、惑星の回りを衛星が回る。サイズ的には一番大きいのは中心にある太陽で、その次が惑星で惑星は太陽と直接相互作用をしている。月のような衛星は惑星の従属物で、惑星と一緒になって動く。

太陽の上のレベルには銀河系があって、これは太陽系ほどハッキリとした構造はないが、それでも中心に星の密度の高い領域があって、銀河系内の星はコアを中心に回転している。

ちょうど、見える宇宙のこの構造が、Web2.0以前の、見える経済に対応していると思う。

つまり、経済の中心にあるのは大企業で、大企業と直接取り引きできるのは中企業、そして小規模の下請けが、そういうサイズの大きな会社の回りを回っている。

こういう経済の中で「成長」とは次のようなことを意味する。

  1. 自分のサイズが大きくなること
  2. なるべく大きなサイズの企業に影響力を与え引き回せる立場に立つこと
  3. 中心に近い位置を占めること

つまり、惑星にとって成長とは何より太陽になって太陽の位置を占めることを意味する。そして、太陽になって、一つの市場なり業界なりの中心に位置したら、今度は、他の市場や他の業種の中心にある別の恒星と競争して、銀河系の中心に近づいていくことが成長である。

「ポータル戦争」という言葉が流行っていた頃のネットは、まさにこういう構図になっていた。銀河系の真ん中の総合ポータルが一番偉くて、そこのサブシステム的な機能別ポータルがその次で、一般のサイトは、衛星や小惑星のような、大規模天体に引き回される存在でしかなかった。

ダークマター指向のネット列強

それに対して、グーグル、アマゾン、eBay等のネット列強は、太陽系のまん中の恒星や惑星のような目に見える大規模天体を相手にしていない。膨大な数の個人を相手にして、個人に力を与えることで、1件づつではわずかな金だが集めると銀河全体の質量に匹敵するような莫大な金を稼ぐ。

ダークマターの質量は、見える天体の質量の6倍とか7倍とか言われているが、まさにそんな感じで、グーグルやアマゾンには、有力な取引先とか優良な事業部門のような、目に見える実体がない。ダークマターから何となく金を集めて、それがすごい金額になっている。

そして、天体物理学のダークマターは仮説的な存在で、実体が理論的に確立されたものではない。具体的にそれは何の物質でどこにあるかと言えば、諸説入り乱れて結論が出ていない。

正体はわからないのにその存在だけは確定していて、今や宇宙の形成過程は、ダークマター抜きで論じることはできない。そういう正体不明さも「エンパワーされた個人の集合」とそっくりだと思う。

経団連とは何か?

そういうダークマターの存在を徹底的に無視しているのが日本経済であり、その象徴が、見える組織のヒエラルキーのトップである経団連だ。

ある種の人にとって経済と言えば、経団連-業界-大企業-系列子会社-下請けという、構造化された「見える」実体だけを意味している。

実際には、星もダークマターが濃い所に見える物質が集まってできたように、個人が集って個人が動かなければ、企業という組織は機能しない。ダークマターの重力がなかったら銀河系の星々はバラバラになって崩壊してしまうと言うが、企業のヒエラルキーという秩序が維持されてきたのは、たくさんの個人がそれを支えていたからだ。

楽天ライブドアは、この構造を壊そうとしたわけではなく、この構造を乗っとって、銀河の中心に座ろうとした。野心的ではあるけど、その野心は、見える物質指向、中心指向であって、その点では、経団連的思考を脱していたとは言えない。

ライブドアよりはるかに野心的な企業が、はるかに根本的な革命を起こしているのだが、見える物質のみを相手にしているとその革命は見えてこない。本当は、今年の10大ニュースには、ライブドア事件より上にこの「ダークマター」の件が出てくるべきである。

ダークマター主導経済における「リアル」

これから、グーグルを中心とするネット列強は、本格的にダークマターの獲得競争に入るのだと思う。

そしてその競争は、銀河のコアの反対側、周縁の方に向かう。

銀河と銀河の間には広大なスペースがあって、そこにはまだ獲得されてない大量のダークマターがある。

政治と経済にとって何が「リアル」であるかということが根本から変わろうとしている。見える物質、その構造や特性が既知となったものだけを見ることを「リアル」とは呼べなくなる時代が、もう来ている。

新しい時代にも現実主義者と理想主義者の相克は残る。しかし、ダークマター抜きの「リアル」、経団連的な経済を前提として物を言う人は、全く「リアリスト」とは呼べない。理想主義者は、そういう人を抜かして、本物のリアリストを相手にすべきである。

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