Googleの特異な「垂直統合」思想に「文系が悪いメソッド」を見る

梅田さんは、「垂直統合思想」に注目してグーグルが特異な企業であることを強調しているが、私もそれは重要なポイントだと思う。しかし、その特異性を単なる「垂直統合」という言葉で呼ぶのは、誤解の元かもしれない。

普通の「垂直統合」は、中央集権的にトップダウンで物事を決めていく。社内であれば、その指令が間違いなく届いて、個々の部品がうまく組み上がるから、垂直統合のメリットが出る。

たとえば、前菜とスープとサラダとメインディッシュとデザートが、フレンチならフレンチ、中華なら中華というひとつの思想で全て構成されていることが垂直統合のメリットだ。たとえ、一皿一皿が最善のものであっても、それぞれの一品が別々の思想で構成されたコース料理は食べたくない。多少個々のパーツのレベルが落ちても、コース料理は統合されていてほしい。中央の指令で統一された料理を食べられることが垂直統合のメリットだ。

それに対し、コンビニで昼食を買うユーザは、もう少し柔軟だ。サンドイッチとお茶と唐揚げとか、おにぎりと缶コーヒーとサラダとか、和洋折衷にも抵抗がない。個々のパーツと価格だけを見て、最適なものを選択する。そういう市場では、それぞれのパーツを競合させて、全て外部から調達した方がいい。それが「水平分業」だ。

しかし、グーグルの「垂直統合」は、市場の淘汰による個々のパーツの最適化より統合性を優先する普通の垂直統合と違う所がある。

自分たちが思うベストのものが世の中から調達できない場合には自分たちで開発することもやぶさかではない

グーグルの垂直統合は、この発言にあるように、個々の部品の「ベスト」を追求する為のものだ。

DECのアルファ・チップ開発者が入社しているということから、この「垂直統合」の目的を理解できるかもしれない。

DECのアルファ・チップ開発者は、グーグルに入社して細かい指示を受けるだろうか。グーグルの情報発電所においてそのチップが果たすべき役割について、細かく説明されてから開発に入るだろうか。現状のサーバ群の稼働データ等は示されるかもしれないが、それは単なる参考資料であり、彼らに与えられる指令は「ベストなチップを作れ」という一言だと思う。

彼らは、たぶん、DECでもグーグルでも「汎用的でベストのCPUを作れ」と言われて仕事をしている。違うのは、開発が終わってからだ。

チップの良し悪しを評価して、採用不採用を決めるのは、コンピュータメーカの技術者だが、チップの開発者がメーカの技術者に直接プレゼンできる機会は限られている。間にたくさんのスーツ族が入る。DECのスーツ族とIntelのスーツ族が、競合製品に負けている所をうまくごまかし、購買担当のメーカーのスーツ族が、その嘘を剥ぎ取る。スーツ族同士が化かし合いをして、それが均衡していれば、技術者同士の直接対決となる。どちらかの嘘がより巧みであれば、技術者の出番がないまま敗退が決まる。

DECのアルファ・チップは、顧客側の技術者による技術的評価の前の段階で敗退した。のかはどうかは知らないが、たぶん、DECの開発者はそう思っている。「スーツ族がクソだ。そうでなけりゃ市場という奴がクソだ」そう思っているに違いない。

元DECの開発者がグーグルでチップを開発し終えたら、待っているのは社内プレゼンだ。相手はスーツ族ではなく、グーグル社内の技術者だ。彼らは技術者相手に、市場に流通しているIntelAMDと、自分たちのチップを比較して、その長所を訴える。グーグルもあれだけ大きくなったら、競合や市場やひょっとしたら騙し合いとか馴れ合いのような政治的な要素があるかもしれない。そうであっても、その騙し合いや馴れ合いは、社内WikiやBlogの中で行なわれ、ずっと透明性が高いものになるだろう。

元DECの開発者は、自分たちのチップが採用されることを約束されてはいないだろうが、おそらく、前よりずっと安心してずっと納得して仕事をしている。自分たちの仕事が純粋に技術的観点のみで評価されることを知っているからだ。「開発したチップが不採用になってクビになっても、あのクソなスーツどもに振り回されないだけ何倍もマシだ」そう言っているかもしれない。

「自分たちが思うベストの『世の中』を調達できない場合には、自分たちでマシな『世の中』を開発することもやぶさかではない」

グーグルの「垂直統合」の思想は、こう書き直した方がいいのではないだろうか。

彼らは、全ての部品や構成要素をインテグレーションをしようとしているのではなくて、水平分業における個々のパーツが淘汰される仕組みを社内に取りこむことで、そのプロセスを改善しようとしているのである。

別の言い方をすれば、グーグルとは、「文系が悪いメソッド」を実体化した会社である。

「文系が悪い。文系が全て悪い。文系を排除したら、もっとマシなチップとサーバとOSが手に入る。我々は文系のいないDEC、文系のいないコンパック、文系のいないIBMを作り、文系のいない社内の市場で水平分業を行なうのだ」

グーグルは、チップやマシンだけでなく、「文系が悪いメソッド」が通用する全ての領域を「垂直統合」しようとしているのだと思う。

(8/27 追記)

Casual Thoughts about Any Phrase:「理系/技術者」は社会主義の夢をみてはいけないも併読されたし。

前者の社外との「取引コスト」から企業、そして「理系/技術者」が開放される世界というのは限りなく妄想に近い。

私が引用したグーグル幹部の発言や創業者二人が持つ黄金株に、id:ktdiskさんが言う「妄想」つまり「市場に対する根本的な不信」を読み取るのは、そんなに無理筋ではないと思う。つまり、この分析は基本的には正しいけど、「妄想」を持っているのは私や梅田さんではなくグーグル。グーグルには、普通の企業にも他のシリコンバレーベンチャーにも無い、非常に特異な部分がある。