新人技術者に贈るネットを理解する為の教科書5冊

皆さんが社会の中心になる15年後には、今存在しない会社が一位で、おそらく今存在しない業務をしている

先日公開したスピーチのメモのこの部分にたくさんの人から言及をいただきました。

私もこれが、今から仕事をする人に一番強調しておくべきことではないかと自分でも思っています。

今、ネットを引っぱっている企業の多くは、15年前には生まれてない会社です。唯一の例外は、1977年に創業したアップルですが、これも、今のアップルは、一度会社を追われ97年に復帰したスティーブ・ジョブズが、その時点で改めて創業し直したと見てもいいような気がします。iPodが作られたのはその後です。

ネットの進化する速度は、どんどんスピードアップしていますから、ここまでの15年と比較して、これからの15年の進化がゆるやかになるとは思えません。15年後にこの世界を率いている企業は、これから生まれる企業になるというのは、過激な極論ではなくて穏当で常識的な見方だと思います。

それで、こういう世界で仕事をしていく上で大切なことは、流行に振り回され過ぎないことです。新しい概念や技術が次から次へと出てきます。その時のホットな話題を押さえることはもちろん必要ですが、これを第一優先にしてはいけません。特に、若いうちに覚えたことというのは、その人の仕事観や技術観を築きあげる材料になりますから、その流行が廃れた後まで、大きな影響を与え続けます。

頭が柔軟で吸収力が高い時期に、どういう栄養を取るかということは、職業人としての一生を左右すると言えるかもしれません。

ですから、次のような本を意識して選択することが必要なのではないかと思います。

  • 長く通用する基礎概念をしっかり解説してある本
  • その分野の全体図の中で今学習していることの位置がわかる本
  • 理論と実用性のバランスがいい本(理論的すぎると初学者には難しいし、今全く使えないものを将来の為だけに勉強するのはしんどい)
  • 著者の見識が信頼できる

このような観点から、私が自信を持っておすすめできる本を何冊が選んで見ました。

エントリのタイトルは「新人技術者に贈る」で、内容は技術的な内容が多いですが、自分のイメージとしては、もう少し広く「ネットのコンテンツ関連」の仕事も含めてこれらの知識は必須ではないかと思っています。

さらに、「ネット時代、ネット社会への批判的言説を志す人」にも、これらをおすすめしたいと考えています。

ネットは、単なる商品やサービスではなく、我々の社会にとって欠かせないインフラとなりつつあります。ですから、これからのネットがどうあるべきかについては、技術者や企業だけではなく、社会全体で考えていく必要があります。

しかし、当然ながら、技術者やネットの企業に勤める人はネットやパソコンが好きな人が多くなるので、社会全体の意見を代表する立場にはなれません。なるべきではありません。ネットが社会のインフラとなるためには、ネットと距離を追いて、ネットを批判的な目で見る人の意見も絶対に必要です。

ところが、ネットに批判的な人ほど、その時その時のネットの状況をそのまま批判の対象としがちであるように、私は感じます。

批判的言説も、やはりネットの本質を押さえた上で、現状ではなくネット本質と社会との関係について射程の長い議論をしないと、批判として有効にならないし、意味のある議論ができません。

これについては以前「HowとWhatの不可分性」として書いたことがあります。

つまり、(クローン技術や原子力発電所核兵器等の公共的な議論の対象となりうる)大半の技術においては、How(それがどのような仕組みで実現されるか)ということと、What(それが何であるか、どのような作用を産むか)を分けることが可能です。従って、専門外の人でも、Whatの側面に焦点をあてて、倫理的、法的、政治的にどのような対応が求められるかについて、考えたり意見を言うことが可能です。

それに対して、インターネットの中にある公共的サービスというのは、HowとWhatが密接に関係しています。

Google八分の刑で、私が本当に言いたかったことは、「Googleが自分のサイトの表示順位を恣意的に変えたら困る」ということではありません。「Googleには、特定のサイトにリンクを貼らせないように誘導する力がある」ということです。

これについて議論するには、How、すなわち、Googleが現在のサービスを実現させている仕組みについての理解が欠かせません。Howをこう変えたらこれが起こるという主張なのですが、その帰結について理解してもらう為には、現在のHowと、私が危惧するHowの変更について、ある程度内部のメカニズムに立ち入った説明が必要です。

そういう意味で、このブックリストは、「新人技術者におすすめ」であると同時に「ネットに対する批判的言説を行なう人が、絶対に押さえておくべき本」「Whatについて議論する人が最低限押さえておくべきHowの本」であるとも言えます。専門外の人には難しい所もあるかもしれませんが、意味の無い枝葉末節はありません。


[改訂新版] 自分のペースでゆったり学ぶ TCP/IP
[改訂新版] 自分のペースでゆったり学ぶ TCP/IP

まず、最初は「TCP/IP」というインターネットの通信プロトコルについての一番わかりやすい解説書です。

インターネットを使っている人は、自分のパソコンやルータが自分の家のインターネットのコンセントにつながっているのはわかると思うのですが、そのコンセントの向こうには何があるのか、その向こうでいったい何をやっているのか?という疑問に答えてくれる本です。

以前書いたレビューです→新人向けネットワーク教育超オススメ本 - アンカテ

関連記事:Winnyトラフィック遮断の思想的な意味 - アンカテ


Webを支える技術 -HTTP、URI、HTML、そしてREST (WEB+DB PRESS plus)
Webを支える技術 -HTTP、URI、HTML、そしてREST (WEB+DB PRESS plus)

これについては、先日書いたレビューを参照してください→Webはまだじゅうろくだ〜から〜 - アンカテ

発売後に読まれた方の感想を見ていると、「これは定番の教科書となる」という意見が多いです。


新版暗号技術入門 秘密の国のアリス
新版暗号技術入門 秘密の国のアリス

「暗号」と言うと、「自分はスパイとか最先端技術の研究者じゃないから暗号は関係ない」と思う人が多いでしょう。しかし、これもインターネットの中では欠かせない技術です。

上記の二冊で、インターネットの一つのポイントは「分散」であることがよくわかると思います。「分散」することで、インターネットは適応性や柔軟性を確保しています。

しかし、「分散」するだけでは、社会の基盤となるインフラになることができません。「分散」がタテ糸だとしたら、それと直交するヨコ糸が「公開鍵暗号」という技術です。「公開鍵暗号」によって、必要な所だけに必要な分量の「信頼」を付加することができるのです。

この本は、その「公開鍵暗号」に関する非常にわかりやすい解説書です。


パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則 (WEB+DB PRESS plusシリーズ)
パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則 (WEB+DB PRESS plusシリーズ)

コンピュータとは何かということについて、昔から、対照的な二つの観点があります。

  1. コンピュータは人間を管理、統制、監視するもの(個人を分断化してバラバラにして無力化していくもの)
  2. コンピュータは個人をエンパワーするもの(個人をつなげてネットワークによって個人の力を拡大していくもの)

この2の観点がインターネットの底流となっています。この発想は、あまり表面化しないのですが、実はインターネットの技術を理解するには、欠かせない要素です。

この本は、その2の観点の系譜を、その思想的側面に深入りしすぎないでバランスよくまとめた本だと思います。

当ブログ関連記事:


Here Comes Everybody: The Power of Organizing Without Organizations
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最後は洋書です。やっぱり技術者と言えども、というか、だからこそ、洋書にもチャレンジすべきだと思います。

プログラミング関連で読むべき良書は山ほどあるのですが、ここではあえて「コラボレーション」に焦点を当てた、技術の本ではない本を持ってきました。

プログラミングにおいて、個々の言語の枝葉末節のテクニックより、特定の言語に留まらないアルゴリズムや開発手法に関する知識が重要です。それと同じように、ネットにおいても、個々のサイトやサービスの知識ではなくて、それら全部に通底する抽象的な知識の方が重要だし、知識として長持ちすると思います。

とは言っても、プログラミングと違い、ユーザの行動は常に変化しています。整理された数学的なモデルを作ることはできません。かと言って、モデル化をあきらめて、具体例を列挙しているだけでは、本当に必要な知識は残りません。

この本は、実例に多く当たりながらも「コラボレーション」とは何かを少しだけ抽象的に考察しています。その適度なモデル化という方法論の部分と、そこから導き出された「コラボレーション」全体の性質が、ともに重要なものだと思います。

当ブログ関連記事: 「序列」信仰とスモールワールドネットワーク - アンカテ


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