勃起度測定器

下品なタイトルですみません。これは、東浩紀さんの言う「環境管理型権力」を説明するための事例として考えたストーリーというか妄想のようなものです。

200X年、画期的な新商品が開発された。体温、血圧、発汗を測定しそれを数学的に解析することで、性的な興奮の度合を測定する装置である。そして、同時にある大手アダルトサイトで、この装置を利用した新しいサービスがスタートした。

それはアダルトサイトにおける究極のパーソナライズである。ユーザは測定器を装着した上で、同サイトのポータルにアクセスする。同サイトから専用のクライアントソフトをダウンロードし、サンプルムービーをいくつか見せられる。

そして、専用ソフトがユーザの興奮の度合や、反応のあった箇所とサンプルムービーの内容をつきあわせ、性的な嗜好を判断した上で、そのユーザに最適なムービーを選択し表示するのである。

そして、このプロセスは反復的にフィードバックされる。個人的な嗜好を反映したムービーは大半のユーザを満足させたが、性的な好みというのは数限りないバラエティがあって、一般的なデータからはとても想像できないケースもある。そういう場合にもこのサービスでは、ユーザの操作なしに、不満足な状態をキャッチすることができて、それがサーバにフィードバックされる。そのデータは統計的に処理されていき、単なるジャンル分けでない高度な洗練された選択を行なうことが可能となるのである。従って、当初の一般的な選択では満足できないユーザも、二度三度と使用するうちに、だんだんとシステムが自分の好みを理解して、特殊なニーズを満たしてくれるようになる。

それはむしろ、特別の趣味を持つ人たちの間で、驚きとともに噂となり、急激に広まった。特殊なデータが数多く集まることで一般的なユーザにとっての「精度」も向上し、このサービスは「ハズレ」のないアダルトサービスであるという評判が定着したのである。

しかし、何と言ってもそういうものを「測定」され、そのデータが業者のサーバに蓄積されるという気持ち悪さはぬぐいがたく、ある時点で普及が頭打ちとなる。その為、同サイトでは、さらなる普及の為に、その抵抗感を拭いさるための方策を考えはじめた。

そんなある日、ひとつの事件が起きた。

同サイトのヘビーユーザが、測定器を装着したまま電車にのっていて、痴漢冤罪の嫌疑をかけられてしまったのである。そして、その人は、測定器を証拠として提出した。その測定器には、過去数時間の興奮の度合を示すデータが蓄積されていたのである。そのデータによって、彼が、問題の行為をしたとされる時間帯に、興奮していないことが証明されたのである。

裁判において、この証拠の取り扱いは議論となり、最終的には採用されなかったが、彼は他の間接的な証拠もあって無罪をかちとった。

そして、アダルトサイトの運営会社がこの事件に目をつけた。たまたま、その当時、新しい方式の測定器が開発されていた。この測定器は、5mm四方にまで小型化されていて、従来のものようりはるかに感度がよく正確である。ただ、唯一の問題点はそれが「埋めこみ型」であることだった。

その測定器は、太ももの皮膚の中に埋めこんで動作するのである。危険もなくごく簡単な手術とも言えない手術で埋めこむのだが、やはり、医療機関で手術をしてまで、そのようなものを利用するユーザはいないだろうとして、実用化までには至っていなかった。

そこで、同社はこの装置が「埋めこみ型」であることを、逆にメリットしてアピールする利用法を思いついたわけである。これを常時装着していることで、痴漢冤罪への対策になるということをCMでうたいはじめた。

このキャンペーンは大成功をおさめた。同社のアダルトサイトを利用しない人までも、競ってこれを装着するようになり、むしろ、そちらを目的に装置を購入する人が増えたのである。そのうちの一部は、ついでだからと本業のアダルトサービスも利用しはじめ、同社の業績はさらに向上した。

警察は、当初は非常に懐疑的であったが、同社が、外部からのデータ操作を不可能にする機能を追加したことで、一転してこれを活用しはじめた。警察としても、痴漢冤罪事件にどのように対策するかは、非常に大きな課題だったのである。むしろ、これによって捜査が簡単になったという現場の声に押されるように、途中から同社と共同で技術開発をするようになった。

そして、この技術を他の事件の捜査に応用できないかを検討するまでになった。つまり、痴漢だけでなく、性の関係するあらゆる犯罪において、特定の時間に興奮していたかいないかのデータが得らることは、容疑者を特定する上で、非常に有効である。実際に、容疑をかけられた者が任意でそのデータを提出するケースも増えていった。シロであるものには、自分がシロであることを証明する最もてっとりばやい手段なのである。

この段階に至ってはじめて、このことが人権問題として議論されるようになった。つまり、そのような情報を国家が利用することは問題である、場合によっては人権の侵害になるという主張である。

反対運動が高まる中で、ますますその装置の普及は進み、成人男性の80%を超えた。そこまで行くと、警察は装置を装着してない者を疑いの目で見るようになっており、その流れは押しとどめようもなかった。

そして、反対運動は「このような重要なデータを私企業に管理させることが問題である」というふうにスリかえられ、この装置の製造、管理は警察に一任されることとなり、同時に、全ての成人男子に装置の装着を義務づける法案が可決された。

この法案は反対者が多く、可決は難しいと思われていたのだが、ちょうどその頃、何者かが、「あるタレントの一カ月分の測定データ」なるものをネットで公開し、これが非常なスキャンダルとして注目を集めたためである。このデータとタレントのスケジュールが細かくつきあわされ、本物と断定され、スケジュールが不明の部分については、さまざまな憶測と想像が行なわれ、マスコミもネットもその事件に夢中になっていたのである。

かくして、我々は政府にチ○コを握られることとなったのである。