私の遺言
作家の佐藤愛子氏が、30年にわたって悪霊のタタリに悩まされ、最後にそれを退治する話。
本人はノンフィクションだと主張しているが、そういうことが受けいれられない人がフィクションだと思って読んでも、ホラー小説として十分面白いと思う。文章にスピード感があるし、長期戦の悪霊退治というアイディアはありそうでなくて新鮮である。主人公(著者)の心情がよく書かれていて引きこまれるものがある。うんちくや教訓はあることはあるが最小限でストーリーの流れを邪魔してない。惨殺されたアイヌの人の霊が霊媒に降りてくる所なんかすごい迫力である。できれば真偽を気にしないで読んでほしいと思う。(これを本当のことだと主張されて気にするなというのは無理かもしれないが)
俺は、物質に干渉するような霊というものにはやや否定的だったが、もしあるとしたら、霊の作用は時空の連続性を断ち切るような形で働くのではないか、そういう方向なら、物理法則を包含するような説明が可能ではないかと漠然と考えていた。だから、この本の中で、寝返りもできない赤ん坊(著者の孫)が寝かしつけた直後に一瞬で180度向きを変えた、という事件が書かれていて、ちょっと驚いた。そういう発想は理系的なセンス(量子論や相対論の理解)が無いと思いつかないと思うが、佐藤氏はそういうタイプでなく、彼女がこの現象を頭でひねり出すのは、どう見ても不可能に思える。
もちろん、アドバイザー的なスタッフも含めて外部のソースから持ってきた可能性は否定できないが、全体を通して濃厚に独りで書いた気配のある文章であるので、俺としてはそれも違う気がする。
結局、俺は全て事実として受け入れて読んだが、どちらにしろ自分の経験抜きでこういうことの真偽を論じても無駄(科学として主張しているケースは別)。信じてようが信じてなかろうが、実際にそういうことが起きたら同じようにビビるしかない。自分の経験でなければ、火星の風景とか恐竜の肌の色のようなトリビアのひとつだ。
重要なのは、著者の生き方から届くメッセージであって、それには確かに重いものがあった。だからこそこの本のタイトルが「私の遺言」なのである。