適応型ソフトウエア開発−変化とスピードに挑むプロジェクトマネージメント

スピードガン・コンテストはおそらくプロスポーツにならない。誰が勝つか完璧に予想できてしまうからだ。じゃあ予想できなければ面白いかというとそうでもなくて、例えばルーレットの勝負をテレビで中継しても誰も見ないだろう。確率以外の要素に勝負が左右される所が無いからだ。

野球やサッカーに人が夢中になるのは、制御され予想される要素と確率的な要素がちょうどよく配分されているからだ。ルーレットやスピードガンコンテストに無い要素がそこにはある。その「面白さ」のことを創発と呼ぶ。

スピードガンコンテストのように、ソフトウエア開発の結果を事前に予測したいという欲求は強い。文書をいっぱい書いたり組織をガチガチにしてコントロールするための方法論がたくさんある。一方で、パソコンやWEBの世界ではそういうことを嫌う奴が多い。みんな好き勝手にやって、プログラマは楽しいがマネージャーは気が気でない。

著者はこの本で、その中間に面白いことがあると言う。強制的秩序とカオスの中間にが何かがあると主張する。それは単なる妥協でなく、ある価値を最大化するやり方だ。野球やサッカーのように人の創造性を最大限発揮するためには、「創発的秩序」が必要だと主張し、その哲学と実践的な方法論を説く。

この本の魅力のひとつは、複雑性科学を基盤とした哲学的な概念とアジャイル的開発で使われている実用的な手法のバランスの良さ。チャートやチェック項目や開発サイクルの区切り方等が具体的に出ている一方で、単なるソフトウエアのプロマネのハウトゥーに収まらない深さを持つ。もし用語や具体例が障害にならないのなら、ソフト屋でなく複雑系について勉強したい人にすすめたいくらいだ。「創発」という概念をここまで具体的に解説してある本は他にない。だから、実践的な項目に統一感がある。

もうひとつの魅力は比喩のたくみさ。

  • スキーの初心者は障害物が見えてからターンする。上級者は常にターンしておりターンの連続で滑降する(変化が常態である)
  • 有能なプログラマを強制的に管理することは、猫を追い回すようなものだ
  • ミッションステートメントは未踏の地を探検するチームに対する指示のように書く。決まったゴールは無いが、リスクに直面した時の判断基準となるものであれ
  • 自分乗るスペースシャトルのシステムは、ウォーターフォールで開発されていてほしいと思う
  • 登山で危いのは中級者。技術が先行していて判断力が追いついてないから

普通に紹介するなら「複雑性科学、特に創発の概念によって、アジャイル開発の方法論を統一的にまとめあげ、ビジネス寄りのプロジェクトマネージメントの手法を解説した書籍」くらいになるだろうが、そんな言葉におさまる本じゃありません。絶対的におすすめです。