ポケットの中の脱獄可能な小さな監獄

iPhoneの次のOSのバージョンアップでサポートされる機能としてアナウンスされているものの中で、私が重要だと思うのは、「月々いくら」という課金が可能になることと、周辺機器の制御が可能になることである。

上の文で省略されている「可能になる」の主語は、「サードパーティが」だ。

アップルでなくサードパーティが、サブスクリプションモデルの課金と周辺機器を制御するアプリケーションを書き配布することが可能になる。これが重要だと思う。

「月々いくら」の課金が可能になることで、雑誌のようなコンテンツを App Store で販売することができるようになる。周辺機器の制御ができることで、iPhone を家庭内にあるさまざまな機器のUIとして使うことができるようになる。

現在、ビデオレコーダの設定は接続したテレビ画面と専用リモコンで行ない、ルータやNASの設定はLAN経由でブラウザで行ない、電子レンジや炊飯器や冷蔵庫といった白物家電の設定は、付属の液晶パネルで行うことが多い。こういった設定画面は、それぞれ独自のUIを持っていて、キャンセルとか初期化とか確認等の操作の方法が統一されてないし、洗練されてない操作体系となっているものも多く、機器が本来持っている機能を全て使いこなせないユーザも多いだろう。

iPhoneを接続して、専用のアプリをインストールすることで、こういった機器の設定をわかりやすいUIで行うことができるようになる。さらには、単純な操作、設定画面だけではなく、そのアプリからさらにインターネットに接続することで、従来にない新しいアプリケーションの可能性も出て来る。

iPhoneOS3.0の発表会では、血圧計で測定した値を、読みとったiPhoneアプリから、そのままかかりつけの医者にメールするといった応用が紹介されていた。

ポットの使用履歴をメール送信して、親の生活の様子を子供に知らせるみまもりほっとラインという製品があるが、これと似たようなことも可能だろう。つまり、iPod touch をテレビやクーラーのリモコンにして、使用状況を子供にメールで知らせるのだ。

こういった応用がどこまで進むのかはわからないが、アイディア次第で、機器とネットとコンテンツを組み合せて、いくらでも新しいサービスを開拓できる。

iPhoneは、携帯電話+音楽プレイヤー+モバイルネット端末という機能以外に、雑誌のような有料の情報コンテンツの流通基盤となり、汎用リモコン+αといった、日常生活のさまざまな局面で使われるデバイスになってくるだろう。

そして、そうなってくると、セキュリティの問題がこれまで以上に重要になってくる。

iPhoneは、パソコンと違い、ユーザが自由にソフトをインストールすることができない、ベンダーによって管理されたデバイスだ。その点では、同じスマートフォンにカテゴライズされているWindowsMobile端末とは全く違うもので、従来の携帯電話やWiiなどのゲーム機に近い。

ベンダーによって管理されたデバイスだから、アプリやコンテンツに対する課金が可能になる。リモコン的な用途においても、ベンダーが承認してない勝手アプリにハードをコントロールさせることは危険だろう。

iPhoneの応用範囲が広がるにつれて、アップルが承認してないソフトを走らせないということの重要性が増してくる。

ただ、iPhoneは、ある重要な一点において、WiiやDSと違うビジネスモデルを持っている。

それは、脱獄と共存可能なビジネスモデルであるということだ。

iPhoneをハックして、承認されてないアプリをインストールできるようにすることを jailbreak つまり脱獄と呼ぶ。この為の情報やツールはかなり流通していて、専門知識や特殊な機器がなくても、ごく普通のユーザがカジュアルに脱獄することが可能になっている。

もちろん、アップルはこういう行為を承認してないし、法的措置を匂わせるアナウンスをしたりしている。ただ、iPhoneを構成する部品はソフトもハードも汎用的に流通しているものが多いので、脱獄を根絶することは不可能だろう。

そして、iPhoneというビジネスは、脱獄を根絶することは不可能であることを大前提として動いているように私には思える。そこが、ゲーム機やケータイとは違う所だ。

ゲーム機やケータイでは、脱獄のような行為を、少なくとも犯罪組織以外には行なわせないことが前提となっていて、これが一般人に広まってしまったらビジネスが成立しなくなる。その為に、あえて汎用のパーツでなく高価な専用のパーツを使ったり、サードパーティに厳しい条件をつけて情報の開示を制限している。

iPhoneSDKにもNDAはあるようだが、門戸を広く開いているので、現実的に技術情報の流通を制限することは不可能だ。そのことによって脱獄が容易になるというデメリットがあるが、一方、サードパーティ同士の競争を促し、他のプラットフォームより安い価格でアプリやコンテンツを流通させることができる。

リーゾナブルな価格で販売すれば、違法行為が可能であってもユーザはお金を払う方を選ぶ。それが、iTMSから一貫して、アップルのビジネスのベースになっている。

世の中のデバイスは全て、次のいずれかに分類される。

  1. managed device (ベンダーによって管理されているデバイス) : ゲーム機、携帯
  2. unmanaged device (ユーザの管理にまかされているデバイス) : パソコン
  3. jailbreak-able device (基本的には managed であるが、ユーザが unmanaged を選択することもできるデバイス): iPhone

アップルのネットブックが販売されるという噂があるが、一番重要なのは、その製品が、この分類で言う所の、unmanaged になるか、jailbreak-able になるかということだ。つまり、Mac OS/X で動き、OSの入れ替えも含めてユーザが好き勝手にいじれる製品なのか、iPhone OS で動き、App Store からダウンロードしたソフトしか動かせないデバイスになるか、ということだ。

unmanaged であればそれはパソコンであり、jailbreak-able であれば、それは、iPhoneと同じく、パソコンとも携帯とも全く違う新しい概念のデバイスになるだろう。

unmanaged device に対するjailbreak-able deviceの利点は、安全であることだ。たとえば、ウィルスやワームの対策がずっと容易である。

今後、iPhoneに感染するウィルスやワームが出現する可能性もあるが、パソコンと違い、iPhoneはアップルが指定したワクチンソフトやパッチをほぼ強制的にインストールさせることができる。技術に詳しくない一般ユーザにとっては、パソコンよりはずっと安全である。

managed deviceに対する利点は、サードパーティが参入しやすいことから、競争が激しくなり、ソフトや周辺機器が充実することだ。

脱獄を防ぐ努力は参入を妨げ、競争を阻害する。パソコンが日本語ワープロを駆逐してしまったのは、競争の有無だろう。

脱獄を根絶する為にあらゆることをすることと、脱獄を禁止した上で脱獄防止の為のコストは最小限にして、脱獄と共存可能なビジネスを運営することは全然意味が違う。managed device と jailbreak-able deviceの違いはそこにあり、それが、アップルのイノベーションの本質なのだと思う。


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