不確定性を受け入れ突出した人材の力を引き出せるのが良い組織

この例のAsteriskのように、十分業務に使えるレベルのオープンソースソフトウエアは他にもたくさんあります。

システム構築に数億円の見積りを出しているベンダーで、「このシステムは大館市のような方法で820万円で構築することは絶対に不可能だ」と言い切れるベンダーはいないと思います。つまり、820万円のシステムが2億円で売られているケースは、たくさんあると思います。

では、その2億円と820万円の差はどこから生じるかと言えば、「組織の中にノウハウを蓄積するコスト」です。

意欲的な個人が自分の興味のある分野で趣味として一つのことを勉強するのと、組織が属人性を排除して、つまり、誰がやめても業務を継続できるような形でノウハウを継続的に保持することの間には、それくらいの違いがあります。

組織が責任を持って業務を引き受ける為には、特定の社員一人に依存することは許されません。だから、常に一定数以上の技術者を確保して、その数に見合うだけのボリュームの仕事を確保しなければなりません。そして、たくさんいる技術者の中には意欲的でない人もいるし適性の無い人もいます。

そういう人でも最低限の仕事はできるように、組織としてノウハウを体系化して教育体制やキャリアパスを整備して万が一のバックアップ体制を作りリスクに対応できるようなマージンを取ると、820万円が2億円になってしまいます。

情報、知識、ノウハウというものは、もともとそういうものだと思います。組織に定着させるには非常にコストがかかるものです。その部分をベンダーにまかせれば2億円になるけど、安くするには同じことを組織内で行う必要があり、結局、同等のコストがどこかにかかってきます。

これまではノウハウはモノにくっついて売られていたので、それが露見しなかっただけのことです。

もしIP電話のサーバの値段が10億円だったら、12億円対10億820万円の差となって、組織と個人の差はそれほど明らかになりません。サーバが安くなった分だけ、ノウハウの料金の差がはっきりしてきたのです。

これからは、情報システムに限らず、中身が実質的にノウハウの値段であるようなものの発注においては、組織と個人をうまく使いわける必要があると思います。

たとえば、一時期妙に流行った「ゆるキャラ」を使った町起こしのキャンペーンなんか、広告代理店に頼むと2億円になるものを、pixivとかニコニコ動画とかをうまく使って、デザインからプロモーションまでタダでやってしまう人なんているかもしれません。

もし、職員の中に、そういうコミュニティに異常に詳しい人がいたら検討すべきだと思います。

そういうことを、マネジメントの課題として真面目に考えている人もいます。

あなたの会社には、ビデオブロガーやミキサーやハッカー、マッシュアッパーやチューナーやポッドキャスターが、間違いなくうようよしている。自分の創造の情熱を追求するにあたって、彼らは無限に近いツールや資源を利用することができる。(中略)誓ってもいいが、あなたの会社の社員は必ずどこかで自分の創造力を発揮している。ただ、その場所が職場ではないかもしれないというだけだ。(P250)

そもそも、このピクシブ株式会社自身もそういう意味では典型的な事例で、代表取締役片桐孝憲氏が、pixivの誕生のきっかけについて聞かれて次のように答えています。

弊社には、外注以上社員未満の上谷隆宏という者がおりまして、彼がイラストのSNSを作りたいという話をしていたんです。正直、僕は絶対に流行らないと思っていたのですが、「やりたいことがあるんだったら、やったほうがいい」と言ったところ、2007年9月冒頭ごろに「できた!」と連絡があったんです。もっとも、内心では「これはダメだろう」と思っていたのですが、彼が納得するならばと最低限の修正箇所を指摘して、サーバもこちらで1台用意するかたちで同月にスタートさせました。

告知もせずに始めたので、案の定、最初の3、4日間はユーザーが全然来ませんでした。これは宣伝が必要だということで、つてをたどってRBB TODAYさんに取材してもらったところ、1日に2000人規模でユーザーが増え始めたんです。それを見て、手の平を返すようですが『……ひょっとして、これはイケるんじゃないか?』と(笑)。

「外注以上社員未満」とは何のことかと思ったら

―― あの、開発者の上谷氏は本日お休みでしょうか……?

片桐 彼は基本的に、自宅作業が主ですね。週に一度のペースで出社して、状況を確認するかたちです。そもそも、引きこもりがちなので社員にできなかったという経緯があるほどでして(笑)。

(中略)上谷は元々、イラストレーターになりたくて絵をずっと描いてきたんですけれど、絵で食うのは難しいので、プログラマーになっちゃったという男なんです。まあ、その無念をpixivにぶつけたという感じでしょうか(笑)。だから、彼は絵をたくさん見たいという自身の欲求を満たすために、pixivを作ったという側面があります。

この上谷氏も非常に個性的でいろいろな意味で突出した人のようです。

100人くらい人がいれば、正価2億円のモノを820万円にできる人は、どんな組織にも一人くらいいると思います。でも、その人がどこにいてどんな能力を隠し持っているかはわかりません。

大館市の話を「2億円のIP電話が実は820万円だったという話」と受け取ると一般化できないし、真似したら失敗してひどい目に合うでしょう。でも、「2億円を820万円にできる突出した人材を発掘する話」と読んだら、結構、一般化できる話になると思います。

つまり、これからの組織のマネジメントは、

  1. 属人性を排除した組織としてのパフォーマンス(業者と折衝して2億円を8000万円くらいにできる組織)
  2. 組織内の突出した人材を活用したパフォーマンス(超属人的なスキルで2億円を820万円にする個人を中心にしたチーム)

の組み合せになるのではないでしょうか。

突出した個人だけに依存している組織もダメだけど、突出した個人が一人もいない組織もダメ。個人には不確定性がつきものですが、属人性=不確定性を消すべき時と生かすべき時を見分けないといけないということです。

これまでは、マネジメントとは1.のことだけで、「働く」ということも1.だけの組織に適応するということだけを指していました。これからは、マネジメントには2.も含めるようになり、それだけ「働く」ことの意味も変わってくると思います。

1.の要素はこれからも残るとは思いますが、1.だけで完結した1.と、2.を含みにした1.では、その方法や要求されることも違ってくるのではないでしょうか。

それに、2.については、突出した個人が必須なことは間違いありませんが、そういう人一人だけでできることではないと思います。そういう人をサポートするチームも必要になってきて、属人性を排除した「組織」の一員として働く場合と、属人性の強い「チーム」で働く場合では、考え方も違ってくるでしょう。

それだけ「働く」ということの幅が広がっていて、その分だけマネジメントが難しくなっているのだと思います。

だから、大館市のケースでは、中心人物の中村芳樹氏ご本人よりも、彼が活躍できる環境を作ったマネジメントを褒めるべきではないかと私は思います。

1.と2.のバランスを取るということはとても難しいことです。突出した人材はどこにでも転がっていると言ったら言い過ぎですが、ある程度の人数を集めれば、何らかのジャンルでそういう人が一定の確率で存在すると見てもいいと私は思います。それを生かせるマネジメントが稀有であり、そこが評価されないから育たないのではないでしょうか。

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