iPhoneのキラーアプリによって亡ぼされる国
iPhoneがそれほど売れてないという記事がいくつか出ているけど、継続できるくらい売れていればいつかキラーアプリが出て来る。キラーアプリとは、iPhoneよりずっと有名になる何かであって、人々がiPhoneのことをその何か動かす為の機械(に少しオマケがついているもの)としか見なくなるようなもの。
問題はキラーアプリの本質には予測不能な部分があることだ。たとえば、動画配信は予測できるけどYouTubeは予測できない。そして、YouTubeが動画配信でしかないのならそれはYouTubeではない。
予測できる動画配信とは、今の社会にすっぽり収まるようなものであり、キラーアプリはYouTubeのように社会の形を変えてしまう。そこにそのアプリの本質がある。2ちゃんねるもWinnyもそうである。
YouTubeが現在の社会と不整合であるのは、偶然だろうか?
言葉を変えれば、YouTubeと整合的な社会があったとしたら、その社会の中でYouTubeは生まれただろうか?
我々は現在、まだ見ぬiPhoneのキラーアプリXと不整合な社会に住んでいて、そのアプリは、この社会を変革するものとして受け入れられるだろう。そして、その変革の部分以外には、何も新しいものがなくて技術的には凡庸なありふれたアプリだと思う。
私は、2001年頃にネットの動画配信に関わるプログラムを書いていた経験があるので、YouTubeを最初に見た時に「何も新しいものがない。むしろ後退している」と思った*1。たぶん、iPhoneのキラーアプリを見ても、同じことを思うだろう。それは社会と不整合であること以外に何も新味が無いものになるはずだ。
NetShareというiPhoneを3Gモデム化するソフトを見た時には、「これで1200円とは何というぼったくり」と思った。技術的に言えば、NetShareとはSocks Proxyというソフトで、私は、ジャンル的にはまさにそれと同じソフトを書いたことがあるからだ。NetShareが何をやっているかは隅々までわかるが、Socks は実に単純なプロトコルであり、NetShare相当の機能は3日くらいでできたと思う*2。誰でもとは言わないが、ネットワークプログラミングの経験があれば、容易に開発できるアプリである。
NetShareがあればiPhoneが持ち運びできる無線LANのアクセスポイントになり、3Gエリア内ならどこからでもパソコンをインターネットに接続できる。ユーザにとってはかなり便利なものだが、キャリアにとっては設備に過大な負荷を与えるやっかいなものだ。
ほとんど不可能だけど、もし、政治的にうまく立ち回りユーザの支持を得て、アップルとキャリアにこれを認可させるようにしむけることができたら、NetShareは準キラーアプリと言えるだろう。「準」というのは単に経済的なインパクトしかないからだが、それでも技術でなく政治力に本質があるという意味ではキラーアプリだと思う。
iPhoneあるいはモバイルインターネットは、キーボードが不要であり、パソコンで使うインターネットよりずっとリーチが長い。だから、そのキラーアプリは、YouTubeと2ちゃんねるとWinnyとストリートビューを合わせた以上のインパクトを世界に与えるだろう。
たぶん、それは一国を亡ぼすくらいのインパクトがあるだろう。
自動車は石油にとってキラーアプリの一つだと思うけど、年間何千人という人を殺して、環境を悪化させているのに今だに認可され続けている。それは、その普及の過程が政治的に正しかったからだろう。どんなに有用であっても、人が死ぬような副作用を持つアプリが、App Storeで販売されることがあり得るとは思えないが、自動車のレベルで政治的正しさを持てばそれは可能である。
「一国を亡ぼすアプリ」をこっそり普及させ認知させることは、自動車の普及よりはずっと簡単なことだ。効能書きに「人が死ぬので注意」とか「使用法によっては国が亡びることがあります」と書いていたら認可されないが、そこには何か別のことを書いておけばいい。普及させてしまえば勝ちである。
20世紀の常識として、「特に野心が無い普通の人間は権力闘争とは関わらないで一生を終えることができる」というものがある。国家という枠組みがしっかり確立していたからだ。
21世紀は、携帯やパソコンのような身近なデバイスの中にも「権力闘争」というドロドロしたものが露出してくる時代になるような気がする。そして、Excelやワードの使い方と同じようなレベルで、ほとんどの人がそこに関わっていくことを強制されるようになるのではないだろうか。ある意味では安定した生活を送っているようで、実は動乱や革命の中を生きているような時代。
あとはあれだな。日本政府とGoogle、どっちの方が信頼できる?っていうシンプルな話もあるよな。
今でもネットで何か新しいサービスがリリースされるたびに、毎回、こういう問題について真剣に考える必要がある。そして、iPhoneがそこに入りこんできたら、その手の問題が一段階シビアなものになると思う。