娘。とローマ市民権

ローマ人の物語XIIの「迷走する帝国」で塩野氏は、ローマの衰退の要因として、カラカラ帝の差別撤廃策を重視しています。それまでローマ市民と属洲民とに分かれていた区別を撤廃したことが、長期的な衰退につながったという見方です。これが面白かったので、モーニング娘。を例にして解説してみたいと思います。

モーニング娘。が長期低落傾向にありながらもしぶとく人気を保ち続けている理由として、メンバーの繁雑な入れかえが成功していることがあるのは間違いないと思います。そしてそれが可能なのは、メンバー間に階層があるからです。

固有名詞を出すとまた何か間違えそうなので、具体的な指摘は避けますが、同じモーニング娘。のメンバーでも、個人として前に出て日のあたる立場の人と、影になっていて、オタクの人以外にはなかなか名前も覚えられない人がいるようです。

しかし、この階層があるために、モーニング娘。は容易にメンバーを入れかえることができるのです。これは、階層が明確でないジャニーズ系のグループと比較するとよくわかると思います。

仮にSMAPに新しいメンバーが入ったとしたら、それがどれほど有能なタレントであったとしても、「なんであの人がSMAPなの?」という違和感が消えることはありません。SMAPの内部に階層がなく(階層性が薄く)、新人と旧メンバー5人の違いが消えないからです。

これと比較すると、モーニング娘。の新人は、旧メンバーの階層が下の人との違いがめだたない。従って、容易にしっくりとモーニング娘。の一員に紛れこむことが可能です。そして、一員となった後で、じっくりと少しづつプッシュしていって、スターとして育てていくことも可能です。

モーニング娘。では実際にこういうことが継続的に行なわれていて、そうやって育った新メンバーがグループ全体の活性化に貢献してきていると思います。

古代ローマは、モーニング娘。と同じような階層のある社会でした。しかし、階層がある為にかえって外部の人が入りこみやすくなっていたのです。

ローマ帝国は現代で言えばイタリアが発祥の地です。それが、例えばフランスとかスペインとか北アフリカとかギリシャとかたくさんの地域を征服して大帝国になったわけですが、そういう征服された土地の人も、ローマの社会の中で活躍する機会が充分に与えらえていたわけです。

併合した地域の人は、属洲民として本国の人より一ランク下の扱いを受けるのですが、それが法的にも人々の意識としても確立されていて、属洲民としての一定の権利は保証されていました。そして、その権利の中で努力すれば、一ランク上の「ローマ市民権」を持つことができる道も開けていたのです。

もちろん、古代のことですから現代のように完全に平等というわけではなく、一定の枠の中での可能性です。それでも祖父が一生かけて市民権を獲得し、それを継いだ父が元老院議員となり、その息子が超エリートとして政界のトップで活躍して、孫が皇帝になりました、みたいな話がたくさん出てきます。一代では階層をひとつしか超えられないのですが、実力次第でひとつは超えることができるのです。それが子供に引きつがれ、それを数代繰り返すと、被征服者がいつのまにか国の舵取りをする人になっているわけです。

このシステムがあったので、ローマはイタリア人だけの国でなく、関係者の総意で運営され常に優秀な人材を欠くことがなかったのです。

ローマ帝国の衰退は、この階層間の流動性が無くなって、階層間の対立が激化することから始まった、というのが塩野さんの説明です。もちろん、それ以外にもたくさんの原因があって、そのひとつでしかないのですが、この硬直化の問題に塩野さんは繰り返しふれていて、私にはそれがすごく印象に残りました。

もし、モーニング娘。がメンバー全員を平等に扱おうとして、どの人も同じくらい露出するようになったら、おそらく新規メンバーの加入は難しくなります。それによって新陳代謝がなくなって、グループ全体として人気が急激に落ちていくものと思われます。三世紀のローマでは、それと同じことが起こったそうです。