カール・ロジャーズ選集
「カウンセリング」というと、何かキレイゴトだけで終わりそうで「寝言言ってんなよ、おっさん」とからみたくなるような雰囲気がある。そのイメージの元凶はこの人で、何しろこの人のスローガンが「受容と共感」である。それ聞いただけで「ダメだこりゃ」と思う人も多いだろう。
ところが、これが実際に読んでみたら、そんなハンパな人ではなかった。基本的に真面目な論文集なのだが、ちょろちょろ変なことが書いてある。一番驚いたのが、75才で奥さんが亡くなった時に霊媒を通して夫人の霊と会話した話だ。それ聞いてますます「ダメだこりゃ」と思う人も多いだろう。
だが、ちょっとだけ待ってほしい。そういうトンデモな部分はごくわずかであって、一方でカウンセリングの効果を統計的に分析する手法に関する論文もあって、こちらは科学的にかなり厳密なアプローチを取っている。ただ、検証可能性、再現可能性にこだわると人間の心や活動の中で対象とできる部分が狭くなる。この人の特色は、厳密性を意識的にゆるめてバランスを取ろうとする所だ。得るものと失うものを細かくチェックしながら、ちょうどいい湯加減を探している。そして、科学者がカウンセラーになっていくその過程に連続性と一貫性があるのだ。そこは、彼よりずっと後発のトランスパーソナル心理学やニューエイジ等と全然違っている。西洋的な知性とアメリカ的な実用主義の最も健全な部分を保っている。
その一貫性は、オカルトに接してもひるまない。やみくもに否定して自分の既存の枠組みを守るわけではないし、かと言って盲信して過去を全否定するわけでもない。そのオープンでありながらゆるがない態度は凄いと思う。
おそらくこの人に言わせれば、オカルトより気違いの方がよほど恐いのだと思う。ロジャーズが気違いのカウンセリングをしてるうちに自分も発狂しかかって逃亡する話が出てくる。そういう自分の恥となる部分も平気でアカデミックな論文の中に入れてしまう所が面白いのだが、実は「受容と共感」と言うのはそういう危険性を秘めているわけで、ある意味命がけ、全然甘いものではない。そういう修羅場をくぐりぬけてきたから、霊媒なんて全然恐くないのである。
だいたいこの「選集」、ロジャーズの一番弟子が本人の死後に編集しているのだが、何でそんな論議を呼びそうな変な論文が混じっているのかが不思議である。この人にはまともな論文もたくさんあって、それだけでまとめようと思えば十分可能でなのである。何やってもゆるがないだけの確固としたものをロジャーズは築いたという信念があって、そのユニークな人物像をトータルに残したかったのだと思うが、その試みは十分成功していると俺は感じた。