シュタイナー学校の先生の講演会
これを聞いてきました。
全体的には、言っていることは河合隼男氏とよく似てたような気がします。思春期の子供たちは言語化できない「問い」を行動化しているのだ、という観点でだんだんと深いレベルでその「問い」がなんなのか、どう答えるのかという話でした。
その「問い」のひとつが「私が人間としてどこまで発展できるのか」「私は自分を超越して変わることができるのか、それとも25才くらいで固定して新しいものが来なくなるのか」
その具体例として学級崩壊(ドイツでもあるそうです)をおさめるのに、「教師が自分自身の習慣から行動することをやめる。意識を持って違うことをする。そうすれば、この年頃の生徒は敏感だから、すぐに何かが起こっていることに気づきシーンとする」という話が印象的でした。つまり、「人間には変化、成長することが可能である」ということを、大人が自分の身を持って見せなくてはいけない、ということです。
また、「どのように人とつながることができるのか」という本質的な出会いを求める「問い」もあって、これが性的な問題につながっていると。これに答えるには先生同士が、常に新しい出会い、新しい関係の中で何か違うことを行ないそれを生徒に見せなくてはいけない。(大人が違う関係性を作ってそれを見せる必要がある)ということでした。
さすがにシュタイナーですから、「感覚界より遠い世界とどのようにつながりが持てるのか」という「問い」も出てきました。これに大人が答えられないと麻薬の問題につながるのではないかと。でもこれは触りだけという感じで、大半は、もっと具体的なレベルの話でした。