燃料棒破損事故として福島原発事故を見る

福島第一原発の状態は毎日変化していて、収束に向かっているのかまだ予断を許さない状況なのか、なかなかわかりにくいと思います。

私は、「燃料棒の破損」というポイントに着目することが、問題を整理する一つのヒントになると思っています。これが多くの問題の発生源であり、今後、何が起ころうとも、これそのものが修復される見込みはないからです。

そこで、これについて自分の理解の範囲でまとめてみます。

燃料棒とは

原子力発電所の燃料は「ペレット」と呼ばれる、直径 1cm、高さ 1cmの円柱状のものとして作られます。そして、これが「燃料棒」と呼ばれる4mの金属製の管に入れられます。

事故がなければ、燃料のウランは、この燃料棒の中に入ったまま原子炉の中に入れられ、そこで核分裂反応によってエネルギーを取り出され、数年間の運転の後、やはり燃料棒の状態で、原子炉から取り出され、核廃棄物処理の工程に送られます。

つまり、正常な運転状態であれば、ウランが燃料棒の外に出ることはないのです。

今回の事故では、このジルコニウムという金属の管が溶けて破損してしまった為に、ウランが燃料棒の外に出てしまいました。

核燃料のウランが燃料棒の外に出るという事態は、本来あってはならない状態で、このために、次のような問題を引き起こしています。

  1. 冷却水の異常な濃度の放射能汚染
  2. 再臨界」を起こす可能性
  3. 廃炉処理の困難度

なぜ燃料棒が破損したのか

これが破損したのは、地震後の数日間に原子炉が異常な高温になったために、ジルコニウムという金属が溶けてしまったためです。

この高温の原因(崩壊熱)については、後で詳しく書きますが、とにかく管が、25%から70%の長さで溶けてしまったものと思われます。

1号機では燃料集合体400体の約70%が損傷していると推定された。2号機は同548体の約30%、3号機は同548体の約25%が損傷したとみられる。

管が溶けはじめる温度では管の中のペレットはそのままです。ですから、この1cmのペレットの状態で、炉の中にこぼれ落ちているものと思われます。その後、ペレットも溶けて集まって溶岩状の塊になった可能性もあります。

第一の問題点: 冷却水の汚染

原子炉の中で核分裂反応を起こしたウランは、その後、数年間の間、「崩壊熱」という熱を発生し続けます。ですから、正常異常に関わらず、運転を停止した後も、水をかけてこれを冷やし続けなくてはなりません。

通常であれば、燃料棒に触れた水が外に出ないような冷却システムが稼動します。つまり、どこか別の所でその水を管に通し、その管を冷やすのです。管の中を通る水は放射能に汚染されていますが、外の水は影響を受けません。ですから、この管を冷やす分には、海水など外部の水を引いてきて、あたたまった水は外へ捨てることができます。

この形だと、燃料棒そのものを直接冷やす水は、同じ水がぐるぐる回っていることになります。これを循環冷却と言います。

事故後の福島第一では、1号機から3号機までどれも、この循環冷却ができていません。つまり、放射能を含んだ水が外に直接流れています。事故を収束させるには、循環冷却システムの再構築が必須となるのですが、これが以下の理由により非常に困難と言われています。

  1. 燃料棒でなく燃料に直接水が触れるため、通常運転中よりはるかに高い濃度で水が汚染される
  2. 漏れている箇所が、高濃度の放射能により汚染されている(修復はもちろん調査も放射線が強すぎて困難)

特に1.の問題により、再構築すべき循環冷却は、燃料棒でなくウランそのものに触れた水を再利用しなくてはなりません。そのため、水が循環するたびにさらに高い濃度で汚染されることになります。

フィルタにより汚染を取り除くことは可能ですが、その場合、そのフィルタそのものが異常に高い濃度の放射性物質となるために、この交換の作業が困難になります。フィルタによる浄化を行なわないと、冷却水の汚染がどんどん進行し、循環冷却系全体が濃い放射能で汚染されるために、そのメンテナンスが困難になります。

つまり、燃料棒に入ってないウランを冷却する循環冷却システムというのは、前例のない特注のシステムになるわけです。これを、現在汚染が進行している炉の回りに構築するという非常に困難で危険な作業が、循環冷却のためには必要になります。

なぜ冷やし続ける必要があるのか

ここで、崩壊熱と核分裂についてちょっとまとめてみたいと思います。

そもそも、そんな高濃度の汚染水を出してまで水をかける必要があるのか?と思われる方もいると思います。その答ははっきりとイエスです。使用済み核燃料は、冷やし続けなくてはなりません。

「何年も冷やし続ける」というのは、直感的には理解し難い面があると思います。これは核燃料の発する熱の性質が、我々が日常的に目にするものとは随分違うからです。これについては、下記の記事に書きました。

核燃料から発生する熱は、運転中に核分裂反応から発生する熱と、運転停止後に崩壊熱として発生するものがあります。どちらも核反応なので、我々が慣れ親しんでいる化学反応(燃焼反応)と比較して、以下の点が違います。

  • 酸素がいらない(閉じこめても熱を発し続ける)
  • 発火点という概念がない(一時的に冷やして冷たくなっても、放置すればまたどんどん熱くなる)

逆に言えば、核反応から発生する熱には「消火」という概念がありません。つまり、化学反応から発生する熱は、酸素を奪うか低温にすることで反応を止めること、つまり「消火」ができます。

これに対し、核反応では、特定の条件が満たされる限り、閉じこめたり冷やすことで反応を止めることはできないのです。

ものが燃える火事でも、消火が不十分でくすぶっていると、風が吹いて酸素が送りこまれたりして、再度火がつくことはあります。しかし、使用済み核燃料が出す熱は、これとは全く違って、基本的には、それがある限り一定のペースで熱を出し続けます。そして、その熱そのものを止める方法はありません。

ですから、何年、何十年もの間、冷やし続けるしかなくて、冷やすためには水をかけ続けるしかないのです。水以外の他の手段で熱を奪うことも考えられますが、少なくとも熱を奪い続ける必要があるのです。

核分裂と自己崩壊

そして、核燃料が発する熱には、原子炉の運転中に起こっている核分裂反応によるものと、それが停止してから起こる自己崩壊によるものがあります。どちらも核反応で、放射線と熱を発生しますが、以下のような違いがあります。

  • 核分裂の方が、出すエネルギー(熱)がはるかに大きく、発電に使われるのは核分裂反応の方である
  • 核分裂反応は、特定の条件(後述)が満たされた時に発生するが、自己崩壊は、その物質が存在するだけで必ず発生する
  • 原子炉内で起こる核分裂反応は、ウラン235中性子を吸収した時に起こるものだけだが、自己崩壊は多種多様な物質が多種多様な反応を起こす

核分裂反応が連続的に起こる条件とは、燃料の中にあるウラン235中性子を吸収できることです。ウラン235は非常に稀な確率で中性子を放出しますが、この中性子が他のウラン235に吸収されると、そこからさらに中性子が出ます。この放出された中性子が間違いなく次の反応につながっていけば、倍々ゲームで中性子が放出され反応が継続します。これを臨界と言います。

臨界が起こるための条件とは以下の通りです。

  1. 自然に存在するウランの内ウラン235は0.72パーセントなので、それを濃縮する必要がある(燃料棒の中のペレットはこの状態)
  2. ウラン235が、一定以上の密度で、特定の形状で存在している必要がある(燃料棒がそれを満たす形状で原子炉の中に入っている)
  3. 中性子を減速する物質(福島の原子炉では水)がある
  4. 中性子を吸収する物体が近くにない

原子炉の制御は、この1〜3を満たす形で原子炉の中に燃料を入れ、4の条件をコントロールすることで行ないます。つまり、制御棒という中性子を吸収する物質でできた棒を出し入れすることで、原子炉のスイッチON/OFFを行ないます。

燃料が燃料棒の中にあること、つまり燃料全体の形状と位置が管理できていることは、この原子炉のスイッチON/OFFを確実に行なうためにも必要なことです。

燃料棒破損のもう一つの問題点は、この原子炉のスイッチOFFができなくなってしまうことです。

第二の問題点: 再臨界

燃料棒の管が溶けて、燃料が外に飛び出してしまい、その燃料が一定の形状で集まると、上記の条件が満たされ、核分裂反応が起こります。いったん制御棒で止めたはずの臨界反応が再び起こってしまうので、これを再臨界と言います。

福島第一で再臨界が起きているかどうかについては議論があります。東京電力は、4/12現在、それを認めていません。

ただ、燃料棒が破損した時に、対処をあやまれば、再臨界が発生する可能性がある、それも具体的にその危険性があるということについては、異論はないでしょう。

一番単純に言って、燃料棒が全て破損して、全てのペレットが飛び出し、飛び出したペレットが全部一箇所に集まれば間違いなく再臨界が発生します。ただ、そういう極端な想定でなく、現実的に考えると、炉の内部の形状や水流やペレットの数など複雑な条件を考慮する必要があって、なかなか確実なことは言えません。

そして、この形の臨界は、燃料が燃料棒の中にある時と違って、制御棒で止めることができないので、非常に危険な状態になります。

これが起きた時にどうなるかということも、反応するペレットの量や、その回りの状態など複雑な条件が関係するので、なかなか予測することは難しいですが、悪いケースを考えると、原子炉の圧力容器や格納容器が破損して、さらに多くの放射性物質が出てしまう危険性もあります。逆に、再臨界となってもごく一部のペレットが反応するだけで、ほとんど熱を出すことなくすぐに終了するという見方もあります。ただ、起きた場合に、外部からそれを止めることが困難になることは間違いありません。

いずれにせよ、燃料棒の破損が進行して、再臨界の危険性が増すことは何としても避けなくてはなりません。東京電力が、汚染水を管理できなくても注水を続けるのは、そのためです。これは問題の重要性から見て、やむを得ない処置だと思います。

第三の問題点: より困難な廃炉

もうひとつの長期的な問題点としては、発電所の解体が非常に困難になることです。

もともと、事故がなくても原子力発電所廃炉は数十年単位の時間がかかる大変な作業です。燃料が燃料棒の中に収まっていれば、時期を待って燃料を燃料棒の形で取り出すことができます。それでも、残された容器や配管の解体・撤去は大変な時間がかかるそうです。

燃料棒が破損した場合の解体・撤去の手順や、そもそもそれが可能なことかどうかについては、私は今の所具体的な言及を見つけることができていません。たぶん、専門家の方にも、前例が無さ過ぎて簡単には答えられない問題なのではないかと思います。

直感的に考えると、ペレットの形で飛び出し、場合によっては溶けてしまった燃料の回収や、超高濃度汚染水が何回も通った容器や配管の解体は、ほとんど不可能ではないかと思えます。

燃料棒に燃料が収まっているというのは、このように原子力発電所のライフサイクル全体に関連する重要な問題なのではないかと感じます。

原子炉の安全性と使用済み核燃料の問題は別

福島原発の事故について、多くの専門家が口を揃えて「これはチェルノブイリのようにはならない」と言いました。私も全く同感で、同じことを(さすがに専門知識がないのでブログ等に書くことはしませんでしたが)、回りに言いました。

しかし、本日、経済産業省原子力安全・保安院は、福島第1原発事故の深刻度を国際評価尺度(INES)の暫定評価で、チェルノブイリと同等、最悪の「レベル7」とすると発表しました

なぜ多くの専門家が楽観視してしまったかと言うと、これは停止後の燃料棒の発熱の問題を軽視していたからだと思います。少なくとも私はそうです。「崩壊熱」が発生するという漠然とした知識はありましたが、それがこれほどの問題になるとは夢にも思いませんでした。

熱エネルギーの大きさや暴走する危険性から言うと、核分裂反応(臨界)こそが原子力のラスボスで、その他の問題はせいぜい中ボスです。この認識そのものは間違ってないと今でも思います。運転中の原子炉の危険性はもっと上です。

ただ、今回の地震における、福島第一、第二、および女川発電所を見ても、2007年の新潟県中越沖地震における柏崎刈羽原発でも、原子炉の緊急停止には成功しており、圧力容器や格納容器の損傷も報告されていません。福島第一の一号機については、地震そのものによって配管等が損傷したという情報も出てきていますが、原子炉そのものの安全対策は、ある程度、実績があると見ていいかもしれません。

使用済み核燃料の問題は、それと比較して、軽視されていたのではないかと思います。

東京電力福島第一原発には、6基ある原子炉建屋の使用済み燃料プールとは別に、約6400本もの使用済み燃料を貯蔵した共用プールがあり、津波で冷却装置が故障したまま、水温や水位の変化を把握できなくなっていることが、17日わかった。

 すでに数年以上かけて冷却されているため、ただちに爆発する危険は少ないとみられるが、政府と東電でつくる福島原発事故対策統合本部は、共用プールへの対応も迫られている。

福島第一では、この共用プールにある大量の使用済み燃料も大きな問題です。これは、発熱量については使用直後の燃料棒より少ないものの、冷却が止まれば熱によって燃料棒の損傷の可能性があるという点では、同じです。炉の中でなく外のプールに放置されていることや数が多いことから、今後、原子炉内の燃料棒より大きな問題となる可能性もあります。

運転中の原子炉の危険性があまりにも明白であるために、使用済み核燃料の問題は、一種のエアポケットになっているような気がします。

まとめ

このように、「燃料棒の破損」という問題に着目して考えると、以下のようなことが言えると思います。

  1. 福島第一原発が安定した状態に復旧するのは、相当困難で年単位の期間がかかる
  2. 前例のない不安定な冷却処理が続くので、今後不測の事態が発生する可能性もかなり高い
  3. 使用済み核燃料の処理コストが、原子力発電のコストとして正当に算定されているか疑わしい(共用プールに大量の燃料棒が放置されている現状一つだけ考えても、現在の処理方法が正当なものであるか疑わしい)

ですから、この事故の処理については、これからかなり長い間、油断なく見守っていく必要があります。

崩壊熱については、時間がたつにつれて熱量が少なくなり処理しやすくなるのは確かですが、再臨界の危険性については、熱量や温度と関係なく、燃料がペレットの形で散乱している限り、ずっと続きます。ということは、放射性物質が放出され、これまでより広範囲の避難が必要になるような危険性も、完全に消えることなくずっと続くということだと思います。

当然ですが、事態を総合的に見るには、ここだけではなく、圧力容器、格納容器のダメージや、原子炉や建屋の状態、実施している対策等、いろいろな要素を含めて全体的に考える必要があります。また、今後、よくもわるくも事態が進展し、状態が掴めてくる中で、他の要因に関する状況は二転三転すると予想されます。

ただ、ここに書いた「燃料棒の破損」という既に起こってしまった事態とその影響については、基本的にはそれらと関係なく、ずっと続くものと考えられます。また、事態の推移を見守る時にも、ここ(飛び出した燃料の状態等)に注目することがポイントではないかと思います。

蛇足: ウラン235による核分裂はチート

私は、この「使用済核燃料の処理困難性」ということがもっと注目されるべきだと思います。

その根本的な原因を考えると、原子力(核力ベースのエネルギー)は、まだ人類が手を出す段階ではない、ということになると思います。

こちらのページを見ると、核融合反応を起こす為には、1億度の温度が必要だそうです。これはプラズマの温度なので、普通の温度と同等に考えられない面もありますが、本来は、これが原子核をいじるために必要な温度(エネルギーの集中度)なのです。

それと比較すると、ウラン235の自己崩壊を利用した現在の原子力の利用方法は、一種のチート(反則技)です。これは、最初の核反応を引き起こすことはできますが、そこから延々と続く一連の反応をきちんと制御することは、現在の人類の技術ではできません。

もし、1億度とか2億度の熱を簡単に扱えるようになれば、使用済核燃料の原子核を入れかえて、人類にとって無害な物質に変換することも可能になるでしょう。それができない限り、数十年の冷却と、その後、核廃棄物を安全な場所で、数万年の間、管理することがどうしても必要になります。

世の中に、コストの問題から放置されている危険物はたくさんあります。しかし、何か問題が起きた時に、コストを度外視しても適切な処理ができないものは、核廃棄物だけだと思います(一部の生物兵器もそうかもしれません)。そういうものは手を出すべきではありません。



一日一チベットリンク(本日より復活します)→チベット動揺ジワリ 僧侶自殺、デモ続発…中国当局、引き締め強化+(1/2ページ) - MSN産経ニュース


(追記)

id:O_C_T さんの指摘。

いや、燃料棒からこぼれたのはペレットじゃなくて燃料棒の中に封じられていた核分裂生成物(ヨウ素セシウム)なんじゃ?つか、仮にウランのペレットがこぼれてもそれによる汚染は大したことないよな。

そうですね。燃料ペレットが露出することの問題は、ウランそのものではなく、核分裂生成物とプルトニウムの放出です。ですから、「ウラン」でなく「ウラン燃料」と書いた方が良かったかもしれません。

このあたりについては、下記の記事の方が正確で詳しい記述になっています。