戸籍とタイムライン

「消えた高齢者」問題に関して「医療保険介護保険の利用履歴を調べれば簡単にわかるだろ」という意見をあちこちで目にした。その通りだと思う。ただ、現実には、この手のシステムはそういう柔軟性が無いことが多いので、意外に難しいかもしれない。

コンピュータの事務処理を習う時、最初に、マスターとトランザクションという言葉を覚えさせられる。台帳と伝票だ。戸籍が台帳つまりマスターで、出生届や死亡届がトランザクションになる。

昔のコンピュータは処理が遅かったので、トランザクションをマスターという形に整理し直して、必要な集計を行ない、後の参照の為に準備しておく必要があった。

それと同時に、これは、書類をファイルに綴じて所定のキャビネットに保存して管理する、昔の紙ベースのシステムをシミュレーションしていたのだと思う。

twitterにはマスターがなくて、トランザクション(個々のツィート)がタイムラインにダイレクトに並べられる。

もし、30年前にtwitterを作ったら、タイムラインは日次処理で、毎晩、夜中に走るバッチ処理で作成されていただろう。友達のつぶやきを一覧で見ることができるのは、明日の朝だ。ヘタをしたら月次処理になっていて、毎月1日にようやく前月分のつぶやきを見ることができるようになっていたかもしれない。

市役所のシステムをtwitterのように作ったら、市役所の中のさまざまな業務で発生するトランザクションデータを、個人単位でリアルタイムに参照できるようになる。そうなれば、「消えた高齢者」問題なんて起こらなかっただろう。

それができないのは、コンピュータ側の問題もあるが、どちらかと言えば、使う人間の側が追いつかないからではないかと思う。

市役所に限らず、多くの組織は、紙の台帳を中心として作られてきた。紙の台帳を管理するのが組織の役割で、その検索キーや集計タイミングが組織の構造を決めてきた。たとえば、戸籍と住民票は違う原理で運用されているのだと思うが、台帳が二組必要なので、組織も二つの系統に分かれているだろう。

これをいきなり自由にされたら組織が崩壊してしまう。コンピュータシステムは、紙の台帳をシミュレートするように作るのが無難で、そうすれば、同じ組織が同じ原理でそのまま使うことができる。

トランザクションをいきなりタイムラインに並べるようなやり方をしようとするなら、紙の時代のしがらみから離れて、組織を根本的に再編成する必要がある。そういうシステムがあったら、市役所は「すぐやる課」だけになってしまうのではないだろうか。

たかがコンピュータの為にそんなことをする組織はめったにないので、今だに、事務処理システムでは、マスターとトランザクションを分けて作っているし、データベースもそういう前提で設計されている。

twitterfacebookは、それと違うタイプの、トランザクションオンリーのデータベースを開発している。現状では簡単に使えるレベルではないが、これが成熟してきたら、ユーザが紙や台帳のしがらみにどこまでこだわるのか問われる日が来るだろう。

というか、その動きはもう始まっていて、実はクラウドコンピューティングの一番重要なことは、マスターという概念を不要にすることなのかもしれない。個人が各自のトランザクションを持っていて、それを自由につなぎあわせることができれば、組織はいらなくなる。

ネットが社会に与える影響は、二段階に分けて考えた方が読みやすい。つまり、ネットが直接市役所や会社を変えるのではなく、ネットは紙を置き換えるのだ。市役所や会社は、紙の台帳が不要になることで宙ぶらりんで放り出される。少なくとも、紙の台帳シミュレータとその管理人がそこに存在する意義と理由を根本的に問われることになる。


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