誰もが最高級品を使える経済

みなさんは、最高級のワインを飲んだことがありますか?

イタリアンでもフレンチでも最高級のレストランで食事をしたことはありますか?最高級の寿司は?一見さんお断りの料亭とかは?

身につけるものはどうですか?万年筆とか時計とかスーツとか靴とかカバンとか、何か最高級品を身につけていますか?

私は、残念ながら、そういうものには一切縁がありません。本当だったら、このエントリの書き出しは、「○○産の○○年ものを飲んだことがありますか」みたいに固有名詞を使いたかったのですが、まるで見当がつかない。いいかげんな知識を元にネットで検索してデッチ上げることは得意な方ですが、そのための手掛かりとなる知識もありません。最高級品には全く縁の無い生活をしています。

でも、そういう私でも、世界最高レベルの職人が作ったものを二つだけ使っています。それも常用しています。

そして、その二つは、おそらく、これを読んでいるみなさんもほとんどの方が同じようにほぼ毎日使っているものです。

その二つとは、OSと検索エンジンです。

Windowsが最高のOSだと言うと、いろいろ疑問の声があがるかもしれませんが、それは、最高級のワインで何年物がいいとか悪いとか言っているような、通のレベルの話です。

WindowsというOSを作ったプログラマーは、プログラマーとしての腕で言えば、大半が世界最高レベルでしょう。

GoogleやYahooは言うまでもありません。

そもそも、普通のプログラマーには、OSとか検索エンジンを作ることはできません。無理して作れば悲惨な結果になるでしょう。おそらく年金のシステムのように、あるはずのデータが見つからなかったり、何かをチェックしようとしたら何年もかかるとか、普通の頭では理解できないような不思議なことが起こる、とても使えないシステムになると思います。

よく考えるとこれは不思議なことだと思いませんか?

私がラーメンを食べる時には、どこにでもいる普通の職人が普通に作ったラーメンを食べるわけですが、何故かOSと検索エンジンに限っては、少なくとも1000人に一人くらいの最高級の職人が作ったものを使えています。

1000軒ラーメン屋がある中で一番うまいラーメン店で食事をしようとしたら、おそらく相当高い料金が払う必要があります。そうでなければ情報か時間かコネか何か特殊な条件を満たしてなければ、1000分の1レベルのラーメンは食べられない。

つまり、ラーメンにおいては、普通の人は普通の職人から供給されたもので我慢するしかないのが、OSと検索エンジンにおいては、普通の人が最高級の職人から供給されたものを使えるわけです。

これは、コンピュータのソフトウエアという製品が、コピペ可能で共有可能であることから起こります。その中でも、多くの人が共通のニーズを持つ、OSと検索エンジンでは、その特性によって極端なことが起きているわけです。同じことは、全てのソフトウエアについて起こっています。ニーズが特殊であると、そういうことがゆるやかに起こったり見えにくくなったりしますが、本質は同じです。

たとえば、セールスフォースという会社が、顧客管理等の業務システムを提供しています。有料ですが、ネットを通して使うので、申し込めばすぐ使えます。プログラムもサーバも全部業者が用意するので、ユーザは何も準備する必要がありません。

受託開発で個別に開発される業務システムは、これまではラーメンに近い世界で、普通の会社は普通の職人が作った普通のシステムで我慢するしかありませんでした。普通のシステムと言っても、一般的な業務システムでは年金システムのような悲惨な事例はあまりありませんが(無いことはない)、ユーザの方が工夫したり苦労したりすることは多かったはずです。

でもこれからは、こういう会社が提供したシステムを使うことで、普通の会社が最高級の業務システムを使えるようになってきます。

ソフトウエア以外でも、たとえば、アマゾンのように物流があるサービスでも、普通の人が、かなり良いサービスを享受できるようになっています。ネット通販を前提として同業他者と比べれば、アマゾンにもいろいろ問題があるかもしれませんが、普通のリアル書店と比べれば、品揃えはいいし、どんなに特殊な趣味の人にもレコメンデーションのようなサービスがあります。

インターネットに関係ない所で例をあげれば、コンビニの提供するサービスにも、それ以前の時代では普通の人には望むべくもないようなものが含まれています。

OSと検索エンジンにおいて今起きていることは、二つの特殊な事例なのでしょうか?

私は、事務作業というのは、基本的には全て、システム化してコピペできるものだと思います。あらゆる仕事の中には、レコメンデーションやコンビニにおける弁当の発注のように情報の加工、すなわち事務作業の部分があって、それらは全て、普通の人が最高級レベルのサービスを享受できるようになると思います。

だから、OSと検索エンジンで起こったことが、全ての仕事において、大なり小なり起こるということです。

それが、大になるか小になるかは、その仕事の中に事務作業がどれくらい含まれていて、他の作業と分離することがどれくらい容易なものであるかによります。コンビニやアマゾン等の過去の事例が教えることは、その割合は、普通の人が思うよりもずっと多いということです。

おそらくみなさんは、Windowsより出来の悪いOSは使いたくないでしょう。最高級レベルのプログラマーの仕事以外は拒否すると思います。これは、潜在的には多くの失業を生み出しています。普通レベルのOS職人は、全員失業して消滅しています。もちろん、Windows以外にもOSはあって、OS開発者はたくさんいますが、それらは、何かの点でWindowsと同等以上のOSであり、マイクロソフトの中の人に匹敵するか近いレベルの技術を持ったプログラマーです。普通のプログラマーは、この世界からは排除されています。

普通のプログラマーは、業務システムの受託開発という業態の中で生き残っています。こちらは、少なくとも今の所は、ラーメン屋さんと同じくらいのバラツキと広がりがある職種です。しかし、おそらく、セールスフォースのようなSaaSと呼ばれる業態が定着してきたら、今と同じようなわけにはいきません。一気に検索エンジンと同じように、利益率は高いけど規模としてははるかに小さい業界になるでしょう。

誰もが最高級品を使える経済というのは、最高級の職人以外には仕事が無い世界です。

「むしろ鶏口となるも牛後となるなかれ」という諺がありますが、これは、鶏口が牛後をうらやんでやせ我慢して無理をして言っているような気がします。しかし、これからは、のんきにどちらがいいか選んでいるような余裕はありません。牛後は即死で生き残るのは鶏口のみです。なんらかの形でトップレベルの能力を持ってないと生き残れない、逆に言えば、どういう狭いジャンルでもトップレベルならば、市場が広がるのでチャンスは増えます。

たとえば、地方の特産品でも本当においしければ、癖のある味でごく一部の特殊な嗜好にのみ訴えるものでも、通販で世界中に顧客を広げることができます。物流と情報流のインフラは、最高レベルのものを誰でも使えるようになるわけですから。

そういう意味では、鶏口にとっては、いろいろな所で最高級品を使えることがこれまでより格段に有利に働きます。

「匂い」がデジタルで入出力できるようになったら、つまり、匂いセンサーと匂い混合装置が発明されてコンピュータの入出力装置になれば、ゲームや映画やテレビの臨場感が飛躍的に増すだろう。(中略)

きっと、YouTubeの匂い版、つまり「匂いチューブ」的なサイトが立ち上がり、そこに世界中からありとあらゆる匂いがアップされる。そうなるとやっぱり人々の興味はいい匂いより嫌な匂いに集るものだ。

たぶん、「匂いチューブで臭い屁ワースト10」みたいなブログが乱立し、ローカルなコミュニティ内部で一番臭い屁をひることが自慢だった奴は、何事も世界レベルの人間は次元が違うことを思い知らされることになる。そして、あっと言うまに「自分が経験できる最悪の屁はせいぜいFOFの中だった時代」は過去になってしまうのだ。

たとえば、「屁が臭いのが自慢」みたいなことでも、本当に世界レベルであれば、それで充分食っていけるでしょう。「匂い入出力装置」の実現可能性は判断つきませんが(これは難しいような気がする)、これくらいの馬鹿らしいことが金になるというのは間違いないと思います。

(8/20 追記)

コメントで指摘されて調べてみたら、匂いをネットで運ぶ技術は、既に開発されつつあるそうです。

ひとつ間違えると世界同時多発異臭テロが起きそうなのが怖いところだが。