任天堂株式会社 東京ゲームショウ2005 TGSフォーラム 基調講演 ゲーム人口の拡大に向けて 〜ゲーム産業に今、何が必要か〜

Life is beautiful: 任天堂の基調講演を見て感じたことで紹介されていたので、初めて見たのですが、大変素晴しい講演です。

企業のトップとはどうあるべきかの理想の形を見せているように思えます。

潜在的な危機の認識

一貫して「ゲームは今のままではジリ貧」という強い危機感がこの講演の底流にあります。

新らしくゲームを始める人が減り、ゲームが好きな人にとっては「どこかでやったことのあるゲーム」ばかりになって、驚きをもたらすソフトが少なくなっているのではないか、という問題提起です。

これは、まだ売上や利益という数字としては顕著に現れていないことだと思いますが、まだ顕在化してない問題点、危機の前兆に目を向けて、積極的に対策するというのは、トップの最も重要な任務だと思います。

危機が誰にでも分かる状態になった時には、手遅れとなっていることが多いものです。しかし、多くの企業は、その段階に至ってやっと動き始めます。それさえもできないどころか、下からの改革の動きをつぶしてしまうトップもいます。

潜在的な危機の認識」はトップの最も重要な任務だと思うのですが、それができる人は少ない。岩田社長は就任時から、はっきりと意識的にそのことに取り組んでいるように思えます。

破壊的イノベーションは偶然生まれるものではなくて、トップが明確に危機感を持つことからスタートするものなのでしょう。

ユーザの側に立った具体的なビジョンの提示

危機を認識して次にすべきことは、それを克服するビジョンの提示です。そのビジョンは、会社全体が多くの関係者を巻き込んで一丸となって取り組めるものでなくてはなりません。ですから、シンプルでわかりやすいものである必要があります。

岩田社長は、「コントローラー」つまりUI(ユーザインターフェース)に着目して、これを改革することをビジョンの核としています。

テレビゲームは、過去20年間、ものすごい進歩を遂げてきましたが、コントローラーの形は、本質的にはファミコンと同じです。両手でかかえ、左に方向キーがあって、右に数個のボタンがあるという形態です。

この「両手でかかえ方向キーとボタンで操作する」というインターフェースは、画面が3Dとなっても全く変化していません。その結果、画面の動きと操作の関連が間接的、抽象的なものとなり、ユーザに一定量の集中力を要求します。これが、ゲームとユーザの関わり方を規定してしまうわけです。

ここを変革しないと、ゲームが次のステップに発展していくことはあり得ないというのが、岩田社長のビジョンだと思います。

その一つの現れが、ニンテンドーDSのタッチペンを使用したインターフェースと、それを生かした Touch Generationsと呼ばれるソフトです。岩田社長は、この講演の中で、これらの製品が、新しいユーザ層を開拓し、新しい購買行動を引き出しているということを、さまざまなデータを駆使して実証的に示しています。

そして、この「コントローラーの改革」によって「新しいユーザ層を開拓する」という方向、DSで一定の成功をおさめた方向を、据置き型の次世代機で、より大規模に打ち出そうとしています。

講演中に、次世代機のレボリューションのプロモーションビデオが流れますが、驚いたことに、このビデオはゲーム画面が全くなくて、ゲームをしているユーザの様子だけが映し出されているものです。新しいコントローラーによって、ユーザとゲームの関わりがどう変わるのか(だけ)を、徹底的に強調しているビデオです。

このビデオだけで、岩田社長のビジョンが明確に伝わってきます。

プラットフォーム提供者としての義務

もうひとつ注目すべき発言は、岩田社長がソフトの開発規模の巨大化を懸念していることです。

3Dになって、ゲームにポリゴンや動画や音声が標準的に含まれるようになって、ゲームの開発規模が拡大しました。それによって、リスクが高くなり、冒険的なソフトを開発したり、新しく参入することが困難になっています。

岩田社長は、これを大きな問題点としてとらえ、これを改善することをプラットフォーム提供者の義務とみなしているように感じました。

プラットフォームを提供するということは、それによって社会全体が制約されることです。ファミコン十字キー+ABボタンコントローラーが、テレビゲームの標準として受け入れられたことで、競合する他社も含めて、関係者全員と全てのユーザがその規格に縛られることになります。

それによって、ユーザが得るもの失うもの、社会全体の得失について、プラットフォーム提供者は意識的でなければなりません。ファミコン型コントローラーの標準化は、これまで一定の役割を果たしてきたわけですが、これからもそれが残ることは、社会全体として損失になるわけです。

ゲーム機本体が、画像処理の高度化競争に夢中になることで、ソフト参入障壁が高くなることは、社会全体の損失です。市場全体が沈滞していることを、プラットフォーム提供者は、単に自社の市場の縮小としてとらえるのではなく、社会に対する義務を充分に果たしてないと認識することが必要だと思います。

講演中「新しいインターフェースが切り開く可能性」というタイトルの以下のスライドがありました。

  • 規模が小さい開発チームでもアイディア勝負で画期的な商品が生まれる可能性がある
  • 任天堂は、世界中の開発者のアイディアを受けとめ、一緒に形にしていきたい

このあたりに、岩田社長が、「プラットフォーム提供者」の事業をどう考えているかが現れているように感じました。

「プラットフォーム提供者」自身が全ての改革をリードする必要はありません。それは無理だし、それでは安定したプラットフォームになりません。そうではなくて、「プラットフォーム」は新しい人材の参入を促進するような特性を構造的に持っている必要がある。新しいアイディアを展開する為のプラットフォームであるということでしょう。

新しいコントローラを中心にした、レボリューションのビジョンは、対ユーザの側面については、この講演で明らかになっています。おそらく、これを補完する、対開発者のビジョンがこれから具体化していくのではないかと思います。それについては、はっきりとした意思は感じましたが、具体的な方策としては見えていません。

今後どのような展開が待っているのか非常に楽しみです。