公約恐怖症が残ればいいのだ!バンザーイ!

「公約っておっかないもんだなあ、粗雑に扱うと爆発しちゃうもんだなあ」というトラウマが、大半の政治家に残ると思う。小泉さんの最大の成果がソレ。

郵政民営化法案がどんなに骨抜きになっても、名前だけ「郵政民営化」だったらそれでよかったのだ。除名のネタに使えればそれでいいのだ。「ああなるほど、これが政治というものか」と思った。

次に無難な人が総理になったとしても、「公約をいいかげんに扱うとまた爆発するんじゃないか」という恐怖は、消えないんじゃないか。「あんなバカは二人といない」と頭ではわかっていても、「ひょっとしてひょっとしてひょっとして」という不安が離れない。談合政治が残るとしても、これからの族議員は密室で公約をどうするか決めたりする。薮蛇になっても公約から危険な爆発物を取り除くことに必死になる。

政治のお勉強をするとイギリスの政治史を理解しなくちゃならないんだが、これがどうもわかりにくくて難儀をしていた。昔はイギリスも汚職まみれのひどい議会政治だったのが、どうやって今のようになったのかわからない。でも、こういう暑い熱い夏を何度かくぐり抜けていくうちにそうなったのかと思うと、とたんにそのプロセスが見えてくる。これから政治史を勉強する人は楽だなと思ってちょっとうらやましい。

要するに、議員が「公約恐怖症」になれば、なんとかなるという話だ。「私はなになにを約束します」という言葉が重くなる。いつ爆発するかとビクビクして萎縮してしまう人と、責任を持って常に意味のあることを言う人が分かれてくる。言葉が自分にはねかえってくるようになれば、議会政治が機能しはじめるのだろう。

自民党の国会議員が「郵政民営化」と言うことがどれだけ馬鹿なことか、自民党色の濃い人こそわかっているはずで、それはこういう事態にならなきゃわからないことではなくて、最初の総裁選の時、泡沫候補だった小泉さんから「郵政民営化」のユの字を聞いた瞬間に、0.01秒以内に「あっ!コイツは底抜けの馬鹿だ」とわからなきゃ、政治のプロではないでしょう。自民党で生きる資格ないでしょう。「今になってやっと小泉が馬鹿だってことに初めて気づいたんですか?あんたそれでも政治のプロですか?」と言ってやりたいよ。自爆したのは小泉さんではなくて、そういう危険な男を総裁にしたあなたたちが、4年前に既に自爆してたんですよ。

どいつもこいつもちょっと言葉をナメすぎ。

だから、これはどう転んでも長期的には日本にはいい結果を残します。問題は、今の日本で「長期的」という言葉が意味を持つのかどうかですね。