朝鮮民主主義人民共和国を北朝鮮と呼ぶ理由

森達也さんの世界が完全に思考停止する前に国連総会で北朝鮮の代表が日本を「ジャップ」と呼んだ事件にからめて、この問題が取りあげられていて、ドキっとした。日本が北朝鮮と呼ぶことと、北朝鮮がジャップと呼ぶことが、「相手国がいやがる呼び方を公の場で使用する」という観点に立つと同等ではないかと言う問題提起である。

北朝鮮が言うことはおかしなことが多いので、このニュースを聞いた時も「北朝鮮がまた馬鹿なことやってら」で通りすぎてしまったが、逆に我々が北朝鮮と呼ぶことにどういう正当性があるかについては、全く考えてなかった。「ジャップ」と呼んだのは、日本が「北朝鮮」という呼称を使用したことへの報復措置だそうだ。

相手国がこの呼称を嫌がっていることは、漠然とだが知っていた。確信はなかったが、クイズミリオネアーでこれを出題されたら、ドロップアウトはしないで「北朝鮮はこの呼称を嫌がっている、ファイナルアンサー」と答えるだろう。それを知っていて、それについて全く考えないまま、私はその呼称を普通に使っている。実際、このブログでも何度も「北朝鮮」という言葉を使っている。

もちろん、「ジャップ」ははっきりとした蔑称であるから、国連でそれを使うのは言語道断である。それには疑いはない。「北朝鮮」は「ジャップ」と比べたら、蔑視する要素はないからいいような気がする。そもそも、日本に対して無茶苦茶をやってる国だから、蔑称を使ったってかまわないとも思う。

しかし、「同等に非礼なことだけど相手が相手だから使っていい」という主張と、「むこうのは非礼と言えるけど自分のは非礼でない」という主張は、結果が同じでも意味は違う。どちらかに確信があればそれでいいと思うが、どちらにも確信がないけど、あいまいな理由が二つあるから、両方合わせて「だから自分が正しい」と言うのはおかしい。

それに「同等に非礼なことだけど相手が相手だから使っていい」というロジックは、相手と同じレベルに立つことになるわけで、私は普通は使わない。相手がどうあれ、きちんとした言葉を使うべきだし、いつでも自分にとって納得できる言葉を使うことを、私は心がけてきた。その自分ルールに反している。

結局、これに関しては、自分自身を説得できるロジックはなかった。「みんなが使っているからなんとなく」という、最も情けない理由しかなかったのだ。森さんにヤラレタ!と思った。

森さんの言うことは調べれば論破できるだろう。はてなにズバリこの質問があったが、ここざっと見た感じでは、一般的な慣例から見ても、「ジャップ」と「北朝鮮」を同等に対比することには無理があると思う。

でも、自分の中にひとつの空白があって、そこを突かれたことは確かだ。