ゆがんでいても地図は役立つ
さて問題です。次のものを、地図として使いやすい順番に並べなさい。
逆さの地図は逆にして見れば、ほとんど普通の地図と同じように使える。ちょっと数学っぽく言うと、逆さの地図には元の地図とほぼ同等の情報が含まれていて、上下逆転という特定の操作で、元の情報を復旧できる。
魚眼レンズの場合は、復旧の為にはパソコンに読ませてかなり特殊な画像処理ソフトを使う必要があるが、特定の操作で復元できることは同じだ。パソコンがなくても、地形のギザギザはゆがんだ状態ではあってもきちんと書かれているので、なんとか使えると思う。
ピンボケ写真では、もう失なわれていて復旧できない情報がある。
地図というのは、ゆがみの有る無しはあまり問題にならない。そもそも、地球という球体を二次元に落とす時点でゆがみは避けられない。ゆがみの有る無しではなくて、地形をいかに実直にトレースしているかが重要である。
言葉と世界の関係もこれと似ている。本やブログや思想や学問は、次元を落として世界を言葉にマッピングする営みだ。次元を落とす時に、ゆがみは避けられない。むしろ正確な地図ほど平面に書くとゆがんでいる。本やブログや思想や学問を評価するのに、ゆがみの有無を問うのはナンセンスである。
ひどくゆがんでいても、地形のギザギザをクッキリ反映している本やブログや思想や学問はある。そういうものが僕は好きだ。
ブログにとっての地形は、世界の出来事だ。ひとつひとつの出来事に、ちゃんと向いあってまともに反応しているブログが僕は好きだ。その反応はノーマルでなくても偏っていてもふざけていても上下逆転していてもいい。世界の豊かさになんらかの反応をしているブログは、読みとり方で世界の豊かさを復元できる。それは、上下逆転や魚眼レンズよりずっと複雑な操作だけど、そのブログに世界が復元可能な形で含まれている。