カトラーとSoftEather

「SoftEatherは悪くない。管理者権限を一般ユーザに与えている運用がおかしい」とSoftEatherの作者が言っていた。カトラーだったら何と言うだろうか。

カトラーとはWindows 2000の元のNTというOSを設計した人。この人は、こういう問題を予見して、最初からNTにはそういうことに対応できる機能を組みこんでいた。カトラーは、もっと細かい権限わけが必要とされるだろうと思っていた。

例えば、社長のパソコンの管理者には誰がなるか?ネットにつなぐからネットワークの管理者が管理者になるという考えもある。重要書類が入っているから、秘書室長みたいな人が管理者になるという考え方もある。裏金の出納簿なんかネト管には見せられないから。

だから、管理者は全能では困る。ある部分では一般ユーザ以上だが、別の部分では制限を受けるような運用が必要である。秘書室長はSoftEatherをインストールできないし、ネト管は裏金出納簿を見ることができない。そういう管理のしくみが必要だと考えた。

カトラーはそれを実現した。実はこれUNIXにはできない。UNIXでは、管理者と一般ユーザの区分はうまくいっているが、管理者は全能になってしまう。ネト管は裏金出納簿を見てしまう。

その代わりNTは少し重いOSになってしまった。プロセスは重くても、マルチスレッドが使えるので、うまく使えば使えるはずだった。

しかし、これが市場に受けいれられなくて、カトラーの設計は無茶苦茶になった。2000はほとんどのユーザが管理者権限で日常運用するOSになってしまった。潜在的にはUNIX以上の可能性があったのに、完全にUNIX以下になってしまった。裏金出納簿を保存したパソコンはネットにつなげなくなった。

そして何年かして、カトラーの設計をまにうけた一人のプログラマがSoftEatherを作った。カトラーはこの騒動を見て何と言うだろうか?