ああ言えばessa

実は私はオウム真理教のことを事件になるかなり前から知っていました。彼らの機関紙を立ち読みしたことがあるのです。かなり長い時間読んでいたので、よく覚えていました。でも結局買いませんでした。

もしあの時、あれを買っていたらそのまま入信していたような気がします。ほんの紙一重の違いです。

そうなっていたら、おそらく誰も私を引き止められなかったと思います。うぬぼれるわけではありませんが、この日記を見ていて、みなさん私を説得できると思いますか?それどころか逆に説得されてしまうのでは無いでしょうか?口でやったら負けますが、文章ならばあの彼にも負けないと思います。「ああ言えばessa」とか言われて、彼の位置に私がいたかもしれません。

この世が連続性だけでできていたら、私はあれを買うしかなかったような気がします。私はあの教えにすごく強い印象を受けていて、あれを買わなかった必然性を自分の中に見出すことができません。その頃の私は、そういうものに免疫がなかったし、別の何かを強く求めていました。彼らは、私が求めていたものに似たものを持っていました。

あれを買うか買わないかは、私の運命にとって大きな別れ道だったと思いますが、そこには説明できない「不連続性」があったと私は感じています。