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日本中探したってSMAPになれる人間は5人しかいない。 SMAPであることの難しさ、それは3点ほどに集約されると俺は考える。第一に多芸多才であること。第二に2の線と3の線という矛盾する方向性を同時にこなすこと。そして、最も重要な第三のポイントは人格の裏側まで曝すことが職業の一部を構成していることだ。

「人格の裏側まで曝す」とは何を言っているかと言うと、例えば、少年隊の東が何かハレンチな行為をしてつかまったとする。人は驚くだろうが、キムタクが同じことをしたら比べものにならないくらいの大ニュースになるだろう。両方を頭の中で丁寧に想像してみればわかると思うが、我々がテレビで見ている東は「作りもの」だという暗黙の了解があるのだ。それに対し、キムタクは生のキムタクを見せている。あるいは、ナマであるような幻想を強く与えている。だから、東がプライベートな生活の中でテレビで見ている東と違う側面を見せたとしても、それほど驚きはない。しかし、キムタクがそのような危険な人格を隠し持っていたとしたら、我々はその事実を受け入れるのにちょっと苦労するだろう。我々はキムタクの人格の全てをテレビで見ている気になっているからだ。

このような方向性はSMAPのオリジナルではないが、このスタイルのひとつの完成形をSMAPの5人は見せていると思う。

言うまでもなく、これは大変困難なことで、日本中でこれを成し遂げることができるのが、 5人しかいなくても驚くには値しない。

だが、今、日本全体で教師という存在に対してこれと同じくらいの困難なことを期待し、強いているような気がする。教師が求められていることとは何か。これもやはり三点にまとめることができる。まず、多芸多才であること。別に「いいとも」に出られるくらい面白いことをしろとか言うわけではないが、勉強を教え、事務作業をこなし、生徒の進路を考え、しつけをして、さらにさまざまな心の問題に対処する。某所では、180cmの大男が包丁を振り回していたら、これを取りおさえるのも教師の仕事だという暴論も出ているらしい。ありとあらゆることを教師にさせたがる。

特に、偏差値を上げることと、心の問題に対処するという二点は、矛盾する作業だと思う。 SMAPは全員がお笑いのツボを心得えているし、「いいとも」レギュラーの三人は司会者として安定感のある仕事をする。昔は、アイドルというのは自分はカッコつけて目立ち、回りがバカをやって引きたててもらうポジションだったのだが、その両方を同時に成立させるというのは、かなりきわどい作業だと思う。両者は完全に逆方向とも言えない。サッカーで言えばDFがオーバーラップして攻撃に参加するのと同じように、強烈な才能があれば矛盾を突破することは可能かもしれないが、やはり、教師もこれと同じように完全に矛盾しているわけではないが、かなり矛盾していることを求められている。

そして、もうひとつの問題は、教師には全人格的な関与を平気で求めてしまうことだ。営業マンは成績さえ上げれば、風俗にいくら入れこんでも非難されない。大工は家をたてれば、偏屈な性格でも仕事がある。しかし、教師は立派な人格者でないといけないことになっている。

だから、世間一般の期待に十分答えることのできる教師は、日本全国で5人くらいと見るのが妥当だと思う。多少のレベルダウンを認めるとしても、ジャニーズ全員の人数を加えて20〜30人程度だろう。言うまでもなく、こういう職業は職業として成立していない。職業と言うのは、一定の訓練と一定の規律で誰もが要求を満たすことのできる作業で成り立っていなければいけない。ある程度の適性や能力を前提とするとしても、要求水準が、ppmで計るようなものではなく、せめて5%くらいは合格できるものでないと「職業」とは言えない。

得てして、無能な上司に限ってSMAPイチローのような水準の能力を部下に要求する。こういう会社は組織としてなりたたない。自分の果たすべきポジションが明確でなくなるからだ。教育の混乱は、これと同じ状況で、先生方がいったい自分が何をしたらよいのかわからないのではないだろうか。