ビートルズ・インターネット・ハロウイン文書

私のインターネットに対する気持ちの底にあるのは、「ビートルズの解散」という出来事です。といってもリアルタイムで現場を見たわけではありません。中学生くらいになって、ラジオを聞いていて、耳にとまったのがビートルズの「抱きしめたい」や「She loves you」とかでした。最初は、それを演奏しているバンドの名前もわからずテープにとって、繰り返し聞いていたのですが、それが「ビートルズ」というグループの曲だとわかってから、少ない小遣いをためてレコードをちょっとずつ買いました。

ある程度、コレクションがたまってきた頃、このバンドはもう世の中にいないことを知ったのです。1974年くらいでしょうか。もちろん、レコードを全部買ったわけではないので、まだまだ、新しい曲に出会う可能性はあるけど、それが無限に続くわけではない、いつか自分はビートルズの曲を全部聴いてしまって、その日以降、新しいレコードを買ったり、ラジオでふと耳した曲を「これはいったいどのLPに入ってるんだ」とワクワクしながら探しまくることはできなくなるんだ、とひどく悲しい気がしました。

でも「ちょっと待てよ!まだ4人が死んだ訳でもないし、みんなどんどんレコードを出しているじゃないか!」と思い直して、ポールやジョンの新譜を聴いてみました。そして、改めて「ビートルズはもうこの世に存在しないんだ」ということを強く認識させられてしまいました。

ジョンの魂を揺さぶる叫びのような曲も、ウイングス(ポールのバンド)の甘くせつないバラードもよかったけど、それはやはりビートルズではなかったのです。ビートルズとは「あの4人の奇跡的な出会い」なんだ、ということを思い知りました。同時に、無意識的にですが、たとえ4人が集まって再結成することがあっても、自分の聞いていたビートルズはよみがえることはないんだ、とも思いました。

20数年後、「Free as a bird」を聞いてその直感が正しかったと思いました。あれは、確かにジョンだけでもポールだけでもできないし、素敵な曲だと思うけど、そこには新しい出会いがない。昔のビートルズをなぞっているだけだと思います。つまり、4人の才能の組み合わさり方が、全く昔のビートルズのままで、そこに驚きがない。

私がインターネットにびっくりしたのは、1994年くらいです。日本でダイアルアップのプロバイダが出来始めた頃です。これは凄いことが起こっている!と思いました。絶対にこいつは流行るぞと思って、商売にする方法をいろいろ考え、最終的にあるソフトを開発しました。幸いにそこそこ売れたので、今でもその続きでプログラマをやってます。

その時、何にビックリしたのか自分でもよくわかりませんでした。自分では、「グローバルブレインが実現しかかってる」なんて考えていました。グローバルブレインとは、地球全体がひとつの生命体であるという「ガイア仮説」から派生した考え方だと思いますが、地球という生命にとって、何十億という人間のネットワーク全体が脳みその働きをするという仮説です。脳みその細胞の数が百億だから、人類の全人口が百億を越えた時に、グローバルブレインとして、ひとつの意識が目覚めるという考え方です。

まあ、これはこれで当たっているかもしれないけど、今考えると後付けの理屈です。その時、本当に感動したのは、もっと単純なことで、「こいつは人と人が出会う仕組みだ」ということです。

ビートルズがこの世にないということを知ったショックは、「人と人がある適切な瞬間に出会うと凄いことが起きる」という実感として、私の中に残っていました。「出会い」ということに私はすごくこだわっていたのです。

インターネットの面白さは、他では絶対に不可能な「出会い」を生み出すことだと思います。

例えば、ここにある、ハロウイン文書というものですが、ジャズの即興演奏みたいな、かけあいの面白さがあります。マイクロソフトの中の誰か(原作者)と、エリックレイモンド(注釈者)と、山形さん(翻訳者)の3つの才能が火花を散らしてスパークしてます。これは、単なるテクニカルドキュメントでなく、ひとつのセッションの記録として読むこともできる、というよりそう読む方が楽しい。

この原作者は、少なくともオープンソフトウエアという現象の分析としては、すごく鋭い。しかし、目指している方向は明らかにオープンソフトウエアの精神と違っている、それに対してエリックレイモンドがいろいろつっこみます。つっこみが鋭い所も、ボケちゃってる所もあるけど、全体として緊張感のある作品になっています。そして、山形さんという人は、日本語として技術文書としてきちんと訳しているだけでなく、その緊張感も再現している。

私には、「伽藍とバザール」も面白かったけど、「ハロウイン」を読んでからは、「バザール」は「ハロウイン」というセッションの導入部というか、テーマでしかないと感じました。ジャズの醍醐味がテーマの演奏でなく、白熱したインプロビゼーションにあるように、「ハロウイン」のほうがずっと面白かった。

そして、「ハロウイン(日本語版)」という文書は、この3人の出会いがなければ、この世に存在しなかったものです。うち2人は宿敵同士だし、住んでる国も(たぶん)違う。インターネットというツールがなければ、すれ違うことも無かったはずです。

このように、インターネットは、人の出会いを演出するシステムだから面白い、というが私の基本的なテーマです。だから、このサイトは意識して、いろんなテーマをごちゃごちゃ詰め込んでいます。自分のサイトや自分の文章で何かを主張するより、テーマの詰め込み方や、テーマとテーマのつながりが私の主題です。