荒井由美

私は、*ユーミン*が好きですが、おそらく私のような変な聴き方をする人は他にいないと思います。

まず第一に、ユーミンのCDを聞く時に、リズムセクションを目当てに聞きます。具体的には林立夫のドラムと細野春臣のベースが聞きたくてユーミンのCDを聞くのです。2人とも実にシンプルな演奏である意味で歌伴に徹した職人かたぎの演奏ですが、それがたまらないのです。別の言葉で言うと、フォアグランドでリズムセクションを聞いて、バックグラウンドでユーミンの歌とボーカルを楽しみます。

まず、林立夫です。世に個性的なドラマーはたくさんいますが、単純な8ビートをたたくだけで、はっきりと個性を感じる人はそうはいません。しかし、この人はスネアの音を2つ聞けば完全に識別できる独特のリズムを持っています。しかも単に個性的というだけでなく、この人のリズムを聞いていると元気が出てきます。たましいにパワーをそそがれるような気がします。

次が細野春臣、言わずとしれたYMOのメンバー、今の人にはローソンのCMで森高千里のダンナになっている人というのが一番早いと思いますが、元はベースプレーヤーです。この人は林立夫と違ってちょっと癖のある演奏をします。フレットレスベースで細かいフレーズを刻みます。でも、Jacoのようなジャズ系のベーシストと違って、メロディーがなくて「うねり」とでも呼びたいような、もの凄いグルーブするベースです。

で、ユーミンの歌は聴いていないのかというと、そうではありません。歌も詩もハッキリ好きです。ただ、私には、林、細野という2人の天才的プレーをもりたてるバックミュージシャンとして聞こえます。マッコイ・ターナーのピアノが好きだけど、ドラムがエルビンじゃないと聞かないとか言う人ならいるんじゃないかと思いますが、「バックミュージシャン」としてのユーミンは好きです。

いくら、林と細野が目当てと言っても、この2人が演奏してれば何でもいいかというとそうではなくて、やはりユーミンのバックで演奏している2人がいいのです。2人のリズムの後ろに、ユーミンのビブラートがない歌声と独特の歌の世界が広がっているのがいいのです。

というわけで、必然的に、私にとってのユーミンは、松任谷でなく荒井になってしまうのです。(細野、林が2人で参加しているアルバムは荒井由美時代の2枚(ひこうき雲、ミスリム)と結婚直後の紅雀だけなのです)

ただし、いくつかの曲ではユーミンがフォアグラウンドになります。ただ、これは限られた例外です。「ひこうき雲」のタイトルチューン、「ミスリム」と「紅雀」、「時のないホテル」の「コンパートメント」などです。これらの曲では、バックバンド関係なしにユーミンの曲を聴きます。

私が思うに、ユーミンには2つの側面があります。ひとつは「現代の宮廷歌人」もうひとつは「現代の巫女」。「宮廷歌人」とは、技巧を凝らして恋愛を歌うことです。つまり、古今和歌集とかの短歌の世界です。かけことばとか暗喩なんかを使いまくって、聞いているものをドキッとさせる詩です。ユーミン紫式部とかそういう人たちの正当な後継者なんだと思います。今のユーミンはこちらの側面に専念しているように見えます。

しかし、ユーミンには別の側面がある。それは、「巫女」です。つまり、この世とあの世の接点になる人ということです。この世にいて、あの世を体験させるというか、そんな感じです。初期の作品の中にいくつか、そういう作品があります。

一番、典型的にそういう側面が出ているのが、「コンパートメント」という曲です。これ、本当にあの世からこちらに漏れてくる曲のような気がします。こういう表現が出来るのは、ユーミンと*吉本ばななだけでしょう。

自分としては、こういう「巫女」としてのユーミンにこだわりがあったので、だんだん「歌人」の側面が強くなっていくのはちょっとつらかったです。一番ショックだったのが、「リインカネーション」というアルバム。これタイトルからして輪廻転生ですから、巫女側全開のアルバムだろうと思ったらちょっと違いました。逆に、このあたりから歌人側全開になってしまいました。

まあ、「コンパートメント」とか「時のないホテル」みたいな曲ばかり作っていたら、なかなかこの世にいられない人になっちゃうかもしれないから、「こういう曲ばかり作れ」と望むのは、ちょっと贅沢だと思いますから、今のユーミンもそれなりに楽しませていただいていますが・・・

そういう意味で、マイベストは「ひこうき雲」。これは、やはりあの世につながった曲だと思うけど、暗くないし重くないしさわやか。こんな離れ業ができるのは、ユーミンと言えど、10代のある特別の時期だけなんだろうな。でも、たった1曲でもこの世の中に対する、すばらしい贈り物だと思います。

追記これ書いて、自分の中で初めてユーミンとばなながつながりました。