ドクターファームとNシステム的世界

えー、毎度おなじみのグーグルネタですが、グーグルのビジネスモデルを「ドクターファーム」と呼んだらどうかと思いました。要するに、研究者をたくさん集めれば商売になるということです。そして、こういう商売が成立する理由を考えると、我々の住む世界の特徴が裏返しに見えてきます。それが「Nシステム的世界」です。

「ドクターファーム」のポイントは、ドクターを遊ばせるだけのおもちゃを用意しなくてはいけないことです。つまり、研究者というのは給料も高いですが、それよりずっと多くの研究費を要求する。研究費をケチると面白い研究ができないので、研究者は離れていってしまいます。

研究者をたくさん集めようとしたら、人数分のおもちゃを用意しなくてはいけないので、スケーラビリティがありません。最終的に研究費で破綻してしまいます。

グーグルのイノベーションは、どこまで意識的なものかわかりませんが、ひとつのおもちゃでたくさんのドクターを遊ばせる方法を見つけたことです。そのおもちゃが、サーバファームアーキテクチャ層なのです。

アーキテクチャ層とは何かと考えるには、ずっと緻密で網羅的なNシステムを思い浮かべればいいと思います。全ての交差点に自動車ナンバー記録装置が設置されていて、全ての車がいつどこを通ってどこへ行ったか記録されているとします。

そうすると、たとえば、渋滞が発生した時に、その渋滞に巻き込まれた車が、どこから来てどこへ向かうのか、その割合がすぐわかる。さらには、通勤のように定常的にそこを通る車と、旅行のようにたまたまその時だけそこを通った車の割合もわかります。そこには、交通システムについての有益なデータがたくさん含まれているわけですが、同時に、経済学的、社会的に見ても有用なデータがたくさんあって、切り口次第でさまざまな研究に使えるはずです。

しかし、Nシステムをこのような用途に使うには、コストとプライバシーの問題があります。網羅的にデータを取ろうとしたら、記録装置を設置する費用が膨大にかかるし、プライバシーの観点からさまざまなチェックを受け、データの運用は制限されるでしょう。自動車というインフラは、我々の生活の中で、さまざまな場面でさまざまな文脈で使われるからです。

単に経済的な目的で使われる道具であれば、全体の効率向上の為にデータを提供することには異論は出ないと思いますが、自動車はデートにも使うし政治的な目的で集会に行くのにも使うし極秘の趣味の為の買い物にも使います。Nシステムは、通勤や物流のデータ以外のデータも一緒に記録するので、ありとあらゆるプライバシーが筒抜けになってしまいます。

だから、現実的には、Nシステムを研究に使うことは困難でしょう。

ところが、ネットというインフラは、同じように我々の生活の基盤となっていて様々な文脈で使われているわけですが、ある意味、生まれた当初からNシステムが設置されていたようなものです。ネットは、ほとんど全ての活動が自動的に記録されるような仕組みになっています。同じインフラでありながら、Nシステム的なものを設置する為の追加コストがいらないし、(最初からあるので)最初から受けいれられている。

一番いい例が、「ホームページを作りリンクする」という活動です。同じ「リンクする」という活動の中に、自社製品の販売先へのリンクや個人的な趣味のリンクや友人関係へのリンク等、さまざまなリンクがいっしょくたに含まれています。

それを文脈に関わりなく統一的に研究対象として計算することで、ページランクという価値が生まれ、グーグルの商品となっているわけです。グーグルは、メールやRSSやデータベースや金融サービス等、対象分野を広げていますが、全て超巨大データを文脈無視で統一的、非人間的に処理することから価値を生むことを目指しているでしょう。

そして、重要なことはNシステムページランクも、そういう基盤を我々の世界は大なり小なり必要としているとことだと思います。つまり、我々の世界は、バラバラになっていてもはや人格的にはつながれない。従来の地道な犯罪操作とヤフーのディレクトリ型検索サービスが破綻したのは、同じ現象の二つの側面です。階層的に人間の行動を把握しようとすることが非常に困難になっているのだと思います。

被害者と犯人は生活空間を共有してないし、検索する人とホームページを作る人も同じカテゴリーを共有してません。両者を結びつけるものは「アーキテクチャ層」にしか存在しないわけです。だから、Nシステムが無ければ犯人を追えないし、ページランクがなければ必要なページが見つからないのです。

そういう意味で、我々の生活はNシステム的なものにより多く依存するようになっていて、だから、「ドクターファーム」がたくさんの価値を生む可能性があるのです。だから、たくさんの研究者が、このひとつのおもちゃを研究することに釣られてくるのです。

つまり、スケーラビリティのある「ドクターファーム」は「Nシステム的世界」を背景として可能になるということだと思います。