内定者に情報断食のススメ

会社の内定式で何か話せと言われたので、思いついたアイディアを書いてみます。実際にこの通り話すかどうかは、これから考えます。

経験とは変化への備え

みなさん、内定、おめでとうございます。

今みなさんは、長い大変な就職活動を終えて、ホッとされていると思います。同時に、社会人としての一歩を踏み出すということで、緊張と不安を感じていらっしゃるかもしれません。

みなさんは、半年後から、この会社で我々と一緒に仕事をすることになるわけですが、学生と社会人の違いをさまざまな面で感じて、その差をどう埋めていけばいいのか、不安を感じるのは当然だと思います。

学生と社会人には大きな違いがたくさんあるわけですが、その中で、特に一気に埋めることができない決定的な違いの一つは、「社会経験」の有無です。それはよく言われることですが、では「社会経験」があることの意味とは、具体的に何だと思いますか。

もちろん、これも人によっていろいろな見方がありますが、私は、「社会経験」の一番重要なことは、「社会の変化を体感している」ということだと思います。社会が変化していくということを、教科書や新聞やテレビの中で他人事として知識として感じるのではなく、自分の身近なことで、実感として体で感じる。それが「社会経験」ということだと私は考えています。

例として、私自身が、「バブルの崩壊」をどのように実感しているか、をお話したいと思います。

私は、1980年代後半に転職して、この会社に入りました。その時、最初は転職のサポートをする会社に登録して、そこのコンサルタントの人に相談をしながら、いくつかの会社を紹介してもらいました。

私は、当時すでに技術職として数年の経験がありましたが、もっと技術にのめりこめる仕事がしたいと考えて転職を希望していました。その希望は、そのコンサルタントの人にしっかり伝えたはずなのですが、その会社はどうしても希望に合った会社を紹介してくれませんでした。

1980年代後半はバブルのピークで、就職ランキングでは金融系の会社が上位を占めていた時代です。ですから、そのコンサル会社は、金融系の会社ばかり紹介してくるのです。私の希望とは多少違っていても、前職の経験を生かせて、かなり給料も上がるので、「この人にはこの会社の方がいい」と向こうが勝手に判断して、何とかそういう会社の面接を受けさせようとしました。

私はあくまで、仕事の内容中心で考えていましたから、次々オファーされる会社を全部蹴りました。金融系の会社は大きなプロジェクトが多く、技術的な面より営業的プロジェクト管理的な側面が要求されます。「技術にのめりこめる仕事」という私の希望には合わない所ばかりでした。すると、最後には、その担当のコンサルタントの人が怒りだして、私は凄い勢いで説教されてしまいました。「君は、どうしてこんな素晴しいチャンスを見逃すのか」

その人は、ある意味では親身になって私のことを考えていたのだと思います。当時は、金融関係は時代の花形で、希望してもなかなか就職できない業種でした。オファーされた中には、就職ランキングのトップ3に入る有名な会社のシステム子会社等もありました。そのコンサルタントの人は、「変なこだわりでせっかくのそういう機会を見逃すのは、本人の為にならない」と思って、私の為に説教してくれたのだと思います。

しかし、私はそれを聞かずそのコンサル会社とは縁を切り、自力で転職先を探して、最終的にこの会社に転職しました。

ご存知の通り、その後、数年してバブルが崩壊して、金融関連は大変な状況になりました。私はその頃、この会社でインターネット関連のソフトを開発していました。当初の希望通り寝食忘れて技術にのめりこむ生活をしていました。もちろん、うちの会社も厳しい状況でしたが、希望通りの仕事にうちこんで、何とか危機を乗りきりました。

今でも、「バブルの崩壊」という言葉を聞くと、あの説教したオヤジの顔を思い出します。あのオヤジの言う通り、金融関係に転職して意に添わない仕事をしていたら、どうなっていたか。給料が高いからそれでもいいと思って妥協していたら、数年後には、大幅ダウンでヘタをしたらリストラでクビになっていたかもしれません。「ああ、あのオヤジの言う通りにしなくて本当によかった」と思います。

もちろん、私がバブルの崩壊を予測してということではありません。たまたま運が良かっただけです。ただ、そのコンサルタントの人が、いかに金融関係の将来性を信じていたかを、説教の一言一言から痛感しています。それがいかにあっけなく崩壊したことか。

だから、社会が変化して、常識がいかにひっくりかえるのか、そのことについて、私は皆さんの誰より知っている自信があります。皆さんがどんなに勉強していてもどんなに頭がよくて才能があっても、私ほど確実に、「社会は変化するものだ」と確信できる人はいないでしょう。どんなに回りの人たちが確実だと信じていることも、何かのきっかけであっけなくあとかたもなく崩壊してしまうことがあります。私は、それをあのオヤジの確信に満ちた説教として、肌で覚えています。それが「社会経験」というものだと思います。

そして、「社会経験」のある先輩としてみなさんにアドバイスするとしたら、まず言えるのは、「社会は時に大きく変化するものだ」ということです。

今は、ネットやケータイがどんどん伸びている時代で、これは未来永劫そのまま発展していくように思えるでしょう。しかし、この流れも、時が来たら全く逆になるかもしれません。それがいつどのように起こるかはわかりませんが、みなさんが社会人として活躍する期間に、これらもそのような常識の崩壊がいくつも起こることは確実です。

変化に備える為に自分を知る

おそらく、長い大変な就職活動の間に、みなさんは今「就職ランキング脳」になっていると思います。「就職ランキング」で上位の会社に内定した友人を見るとうらやましいと思い、「就職ランキング」で下位の会社に内定した友人を見るとひそかな優越感を感じているのではないでしょうか。世の中の序列は「就職ランキング」の通りで、未来永劫変わらないものだと思いこんでいませんか?

しかし、あのランキングほどあてにならないものはありません。私は、あのランキングのベスト10を見ると、「この中で近々倒産する会社はどれだろう」と考えます。おそらく、その中の2〜3社は、数年以内に危機を迎えると思います。

例えば‥(以下自粛)。

そういう変化は、これからもっと激しくなると思います。

ただそれは、予測できるものではありません。予測できるなら、そういう会社は簡単に危機を回避するはずです。過去にも優秀な社員をたくさんかかえた会社が、社会の変化に飲みこまれて沈没しました。この会社だって、これからどうなるかわかりません。

ですから、必要なことは、社会の一時的な常識に必要以上に引っぱり回されないことです。社会の常識でなく、自分を基準に考える能力を身につけることです。

私のケースで言えば、あの時点、バブルのピークの時に、金融関係に転職して、今も充実した職業生活を送っている技術者もたくさんいると思います。あれを蹴ることが、誰にとっても最適な選択ということではありません。その仕事の中で自分の能力を生かしていれば、会社や業界がダメになっても、いくらでも道はあるのです。社会の常識に盲目的に従えばいいとものではありませんが、逆に何が何でも逆らえばいいというものでもありません。

自分という人間がどういう人間であるかを知ることが重要です。

私は、その時点までに、自分の適性をある程度把握していました。私は、転職したこの会社で、かなり自分の適性と興味を生かした仕事ができていると思っていますが、私が悔いの無い選択をできたのは、それが何であるか理解できていたからだと思います。社会の変化を予測するより、自分の中の変化しない所を見極める方が簡単です。それは、誰にでも可能だと思います。

これからは、どんな会社もどんな業界も安定したものとは言えません。もちろん、この会社もこの業界も大きく変化していくでしょう。入社されたら、具体的に話す機会もあると思いますが、私は、いくつかそのような兆候をキャッチしています。

就職は終着点でなくて出発点と考えてください。そして、それが何のスタートかと言えば、「自分のキャリアを作っていく出発点」であり、「自分がどういう人間であるか理解していく」ことの出発点なのです。

自分中心にキャリアを主体的に作っていく姿勢でいれば、社会がどのように変わっていっても、その時点で必要なことをリアルタイムで見極めることができます。会社や仕事を自分のキャリアの為に活用していくことは、常に可能であり、それができる人間になることを目標にすべきだと私は思います。

「情報断食」のススメ

しかし、急に「自分を知る」と言われても、何から手をつけていいのかわからないかもしれません。もちろん、これはこれで時間をかけてゆっくり考えていくべきテーマですが、ひとつだけヒントを教えましょう。

常に「自分は他人とどこが違うのか」を考える習慣をつけましょう。例えば、みなさんは、今日からこの会社の一員と考えていいと思いますが、この会社の社員の中で、みなさんだけにしかないものは何だと思いますか?

それは、ひとりひとりさまざまな答があると思いますが、みなさん全員に言える重要なポイントとして、「フリーな時間がある」ということがあります。おそらく、これから半年間は、みなさんの一生の中でも、特にフリーな時間だと思います。とりあえず目先の進路は決まっていて、あとは卒業するだけです。

もちろん、ソフトについて勉強したりすることも必要かもしれませんが、「勉強する」ことについては、入社してからもいくらでも機会があります。既存の社員も、ほとんどの人が毎日のように新しい技術を勉強しています。ソフトの勉強については、基礎知識があって指導者がそばにいる分だけ、既存の社員の方が有利です。

それも重要なことですが、同時に、自分たちのアドバンテージは何か考えてみてください。内定した入社予定者のアドバンテージは、たっぷりと時間があることです。既存の社員には、それがありません。

そのアドバンテージを意識して、それを活用することが重要です。「自分だけしか持ってないものは何か」ということを、いつも考えて、それを生かす方法を探すことは、これからの職業生活において、いつも心がけていてほしいと私は思います。

そういう意味で、この半年間は、フリーな時間を活用することを考えてみてください。単に時間があるというだけでなくて、気分的に何かに追われてない時間という意味でも、稀にしか経験できない、非常にゆったりとした時間であると言えます。

それをどう活用するかは、みなさんそれぞれでしょう。旅行に行くとか、趣味に没頭するとか、友達とたくさん会っておくとか、いろいろだと思います。活用する方法を思いつかない方の為に、ひとつだけアイディアを出しておきます。

それは「情報断食」です。

健康法としての断食があるそうですが、それと同じように、情報の消化吸収能力を強化する為に、あえて、情報を空にしてみるのです。おそらく、長く厳しい就職活動で、さまざまな情報に接して、みなさんの脳は消化不良を起こしていると思います。

一日でも半日でもいいから、一切のメディアに触らない時間を作ってみてください。ケータイの電源を切って、テレビにもパソコンにも触らない、新聞も読まない日を過ごすのです。そして、公園にでも行ってボーっと過ごしてみてください。

それで何かがヒラメクとか、気分がよくなるといった、良いことはあまり無いと思います。むしろ、イライラしたり不安になったりするかもしれません。その情報から切り離された自分がどういうものか、実感として知ることができれば、それは貴重な体験ではないかと思います。

入社してからは、たくさんのことを覚えて調べて、情報づけの毎日が始まります。「情報断食」などという贅沢ができる機会は、そんなに無いと思います。でも、今ならそれが可能です。それを試せることが、みなさんが現在持っているアドバンテージです。

この会社で活躍したいと思うならば、常に自分しか持ってないアドバンテージを探すよう努力してみてください。今の時点では、フリーな時間というアドバンテージを最大限生かしてください。

「情報断食」というのはひとつの例ですが、フリーの時間を活用する方法をいろいろ考えて、何か試してみてください。それが、キャリアを作る、つまり自分を知ることの最もよい準備になると思います。同時に、これから大きく変革していく社会を生き延びていく為の助けになると思います。