司馬遼太郎の「峠」

ある*司馬遼太郎*のファンの人が「峠」がいいと言うので読みかえしている。一度読んだが、正直言って河井継之助などという超マイナーな人が主人公なので、あまり印象に残っていない作品だった。しかし、今読むとこれがおもしろくておもしろくて。幕末の話なのだが、牛肉を必死になって食いながらスイス人と話をしている場面がよかった。河井継之助は長岡藩出身なのだが、同じ雪国でありながらそれを逆手にとって牧畜や精密工業で稼ぎ、こうして世界の果てのような島国にまで若者を送りだすスイスについて考えている。友人の通訳がいっしょにいて、この人は外国語を就職のためだけに勉強して、5年後につぶれる幕府に就職して安閑としている。河井は牛肉を食うのに吐き気をこらえ、友人はレストランで我が家のように悠然とふるまっている。この対比が見事だ。

今、何の疑問もなくITとか*ビジネスモデル*とか騒ぐ人は、まるでこの友人のようだ。知識は単にスキルであって、世の中について深く考えることがない。考えないのは別にいいだけど、この変革の時代に全く疑問がわかないのはどっかおかしいと思うよ。最新のスキルで稼ぎまくるのもいいけど、沈没船のスイートルームを占有したって滑稽だよ。

何より「志」ということについて考えてしまう。西洋文明(グローバルスタンダード)を入れなければ日本はつぶれる、しかしこの根本から成り立ちが違うものをうっかり飲みこんで副作用はないのか。へたにやると体(社会)とこころがバラバラになっちゃうのでは?日本人の「志」の長期低落傾向は明治以来ずっと続き、河井継之助が牛肉を噛みながら悩みぬいたこの疑問は、150年後の今日になっても解決されていない。