権力を分散して物事を進める仕組み

権力を分散することは簡単なことで、全ての要職を日替わりの当番制にすればいい。

難しいのは、権力を分散して物事をきちんと進めていくことで、三権分立っていうのは、それができるから重要なこととされている。

権力が集中するってことは恐しいことだけど、物事が進まないってことも、かなり恐ろしい結果につながることがある。

だから、権力を分散して物事を進めるシステムっていうのは、非常に貴重なものであって大事にしていかなきゃいけないものと思う。

インターネットの中には、分散して物事を進めるシステムがいっぱいある。

たとえば、DNSがそうだ。www.apple.comというホスト名は実は最後に一つピリオドが省略されていて、www.apple.com.なんだけど、そのピリオド一つごとに管理する主体がある。ルートDNSの管理と、.comと.apple.com の 管理は皆違う人がやっている。

ピリオドごとに管理者が違うのは、登録する時の手間を簡単にして、それぞれを別のサーバで動かす為で、主として物事をスムーズに進める為なんだけど、同時に権力の分散という効果もあると思う。

池田信夫さんは、ストレートにテレビの問題点を全部喋ってしまうのでテレビに出してもらえなくなったそうだけど、テレビだと中の人が分散されてないから、どうしてもそういうことが起こる。しかし、どれだけインターネットやグーグルやアップルの悪口を言っても、メールアドレスがもらえなくなったり、Webサーバを立てても誰も見れなくされたりする心配はほとんどない。

DNSだけじゃなくて、インターネットの管理はいろいろなレベルで分散している。中の人が分散しているから、本当に大事なことを言ってれば誰かが拾ってくれるだろう。

誰かをネットから締め出そうなんて考える人はいないから、そんなことは意味がないと思うのは想像力の不足であって、ちょっとネットを齧ればできっこないことが誰にでもわかるから、やろうとしないだけだ。ネットのアーキテクチャが分散されてなかったら、テレビ局が池田信夫さんを締め出したのと同じことがいつ起こっても不思議ではない。

分散させるのは簡単だけど、これだけ分散しているのにバラバラになってなくて、どこへでもパケットやメールを送れるようになってるからネットは凄いのだ。

三権分立と同じように、権力を分散させて物事がちゃんと進んでいるネットのいい所は、これからも残していくべきだと思う。

そういう観点から見ると、やはりアップルは要注意だ。

iPhone OS4 では、アプリの中に広告が出る。この広告はテレビや新聞の広告と同じで、政党やNPOもここに広告を出すようになるだろう。ここの広告から締め出されると、世の中に広く何を訴えかけることが難しくなる。

一方で、iPhoneには血圧計や体温計が接続されて、個人の健康に関するデータを集めて、どこかのサーバに送信するような機械にもなる。

アップルが築こうとしているプラットフォームには、それだけの幅広い可能性がある。

それだけに、このプラットフォームの管理が特定の個人の手に握られているということには注意すべきだろう。

アップルがハードとOSとネット上のサービスを全部管理しようとすることは問題ではない。むしろ必要だと思う。iPhoneを外からハックされてデータを盗まれたら、パソコンよりはるかに被害が大きい。ユーザに管理をまかせると、ウィルスが広まることは既に実証されている。アップルが違う方法を試みることは意味がある。

問題なのは、それによって、これまであたりまえに自然にできていた権力の分散ができなくなることだ。

権力は分散してないと腐敗する。確実に腐敗する。

iPhone OS4 と iPadの発表で、アップルは二つの意味で要注意水域に入ったと思う。

一つは、これによって、アップルはネットの中にこれまでには存在してなかった新しいプラットフォームを構築する可能性が高くなったこと。

もう一つは、SDKの規約変更によるアドビの締め出しだ。

アドビの締め出しの問題点は、何が禁止事項となるのかを、事前に開発者が理解することができないことだ。今回の方針変更は「何をやってもいいが俺の気に食わないことはやってはいけない」としか読み取れない。

プラットフォームである為には、人治主義ではなく法治主義でないと困る。法治主義であるからこそ、制限事項を受け入れてイノベーションをする意味がある。せっかくイノベーションをしても、結果が誰かの都合に合わないからという人治主義で拒否されるのでは意味がない。

法治主義と言っても、何が起こるか予想できない新しい分野で、全てを事前に明解に決めてゆらぎなく進めることは、現実的には無理だ。でも、法治主義であろうとする意思を開発者に示すことは可能で、アップルはそれを意図的に怠っているように見える。

新しい総合的なプラットフォームが目の前に見えてきて、法治主義や権力の分散の方向へ一歩踏み出すべき場面で、アップルは逆の方向に舵を切った。

アップルのプラットフォームの可能性を信じる人ほど、今後、このことを強く意識してほしいと思う。

私は、今後は、アップル製品を注意して使い、いつでも離脱できる準備を少しづつ進めていこうと思う。特に、ビジネスがからむ場面では、このことを強く意識せざるを得ない。

今回のことで、ビジネスと政治の両面で改めてオープンソースの意義を感じた。

アンドロイドに投資するには、グーグルを信じる必要はない。オープンソースを信じればよいのだ。グーグルが何かおかしなことを言い出したら、その瞬間にソースを全部ダウンロードして、別のアンドロイドを作ればよい。どちらが正しいかをユーザに問うことができる。

iPhoneで何かをやるには、アップルを信じる必要がある。アップルが今言っていること今やっていることではなくて、将来、アップルが行うこと全部を信じないと、ビジネス的にはやってることが無駄になるリスクがあり、政治的には特定の人の気に障ることが言えなくなるリスクがある。

自分の気にいらないことが起きる可能性はどちらにもあって、起きた時に自分一人でできることはほとんど無いが、そういう場面での選択肢はアンドロイドの方が多いだろう。

オープンソースは、権力を分散して物事を進めるための仕組みとして実によくできている。三権分立とインターネットとオープンソースは、人類共通の遺産として、意識的に将来に継承していくべきものだ。どれも変化していくだろうし、変化すべきだが、その時の判断基準は「権力を分散して物事を進める仕組み」はどうあるべきかということになると思う。


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