原油高と同じくらい深刻な「ホワイトカラーの仕事破壊」

日本人は海外からやってくる危機には敏感に反応する。原油高とか円高とか新型インフルエンザとかはよく報道されるし、政府の対策が不適切だったら批判も高まる。

私は「成長戦略」として語られている問題も本来は、そういう種類の問題だと思う。

しかし「成長戦略」という言葉はヌルい。ヌルすぎる。なんか、やってもやらなくてもどうでもいいけど、やるとちょっとボーナスが増えるみたいから、気がむいたらちょっとやってみるか、みたいな感じ。

本当は、これは原油高に匹敵するような日本にとって大きな問題だと思う。原油は間接的にあらゆる製品の材料になっているから、原油の高騰はどんな産業にとっても大問題だ。

それと同じように、今、ホワイトカラーの労働力の単価が急激に落ちている。日本は直接間接にホワイトカラーの労働の成果を海外に売って食ってる国だから、これは、逆に言えば、あらゆる資源が高騰しているということだ。

「成長戦略」とは、そういう原油高をしのぐようなとんでもない資源価格の高騰にどう対応するかという問題なのだ。これについて無策であるということはとんでもないことだ。

ホワイトカラーの労働力の変化の原因は、ITとグローバル化だ。

ITというと「そんなものは結局枝葉末節で自分の仕事の本質とは何の関係もない」と思う人が多いだろう。私もそう思う。日本でITというのは、「今ある仕事をコンピュータシステムに乗せること」だ。私はそれを商売にしているから余計実感するが、そんなことをしても何も変わらない。便利になることと余計面倒になることが半々でトータルでは大して変わりがない。

ITが本当に力を発揮するのは、「先にコンピュータシステムを作って、その回りに人を配置して仕事にする」時だ。コンビニチェーンもDELLもアマゾンもそういうやり方でITを使っている。

そういう使い方をするとITは本当に力を発揮する。日本がこれから競争していくのは、そういうタイプのITだ。身の回りにある「なんちゃってIT」でこれを判断してはいけないと思う。

ネットブックの新製品を見た時に、「自分がこれを使えるか」だけを考えてはいけない。既存のパソコンを使っている人にはネットブックなんて意味がない。遅くて制約が多い不便なパソコンだ。

ネットブックを見て考えるべきことは、「世界中でこれで初めてパソコンに手が届く人がどれくらいいるのだろう」ということだ。5万円のネットブックが4万5千円になった時、インドや中国などのBRICs諸国では、その5千円の違いでやっとギリギリこれに手が出るようになる人が数億人はいると思う。そういう人はみんなホワイトカラーの予備軍だ。そういう人の中で、勤勉で頭が良い人は凄いスピードでネットや経済やITについて学び、立派なホワイトカラーになる。

数億人単位のホワイトカラーの供給増加=労働の単価の低下=相対的な資源価格の高騰だ。これがこれから加速度的に進んでいくことは間違いない。

そして、そういう人は皆、「初めにコンピュータシステムありき」の会社に入り、フルにネットを使ってホワイトカラーの仕事をする。

「しがらみ無しでシステムを作れたら、どれだけ楽にシステム開発できるだろうか」とよく考えるが、パソコンが5万円になってやっと買うことができる人はみんなそういう会社に勤めるだろう。そういう人たちの生活水準が高くなり給料が高くなった頃には、パソコンが3万円になってやっと買うことができる人が入ってくる。その次は1万円、次は5千円だ。ネットブックは長期的には千円くらいまで安くなって、その過程でずっと新しいホワイトカラーを量産し続け、その人たちの仕事は我々よりずっと効率的なのだ。

これは原油高なんか比べものにならないくらい深刻な日本の危機だと思う。

情報の収集と整理、解釈、戦略の立案、問題点の発見と対策といったホワイトカラーの労働は、全部、急激に単価が低下していく。いや、もう既にそれは起こっていて、「成長戦略」とは、それにどう対応していくべきか、という話なのだ。

私がGoogleのことをよく書くのは、それについてのヒントがあると思うからだ。

Googleは特別優秀なプログラマだけを集めている。それで問題が解決すると思うのは大間違いだ。優秀なプログラマというのはうるさくて実に扱いにくい人種で、一人か二人いただけでも、もう面倒くさくてしょうがない。最優秀なクラスが何千人もいたら、それは管理職にとっての悪夢だ。Googleで部長や課長をやっていたら、ストレスで胃に穴が開いてしまうだろう。

だが、幸いなことにGoogleには部長や課長といったものは無い。組織がなくて、全員が情報を共有している。それで仕事が回っている。毎日のように画期的なプロダクトが出てくるが、それが衝突することはあまりなくて、まあそれなりにうまく噛み合っている。それはとてつもないことだと思う。

Googleは社員も凄いが、それ以上にマネジメントが凄いのだ。Googleを経営できるなら、他のどんな業種のどんな企業でも経営できる。数倍効率よく経営できる。

普通の社員をGoogleの社員にするには、彼が今持って無いいろいろなものを彼にプラスしなくてはいけない。それは非現実的だ。

しかし、普通の経営をGoogleの経営にするには、今の経営から引くものの方が多い。足すものがあるとしたら、Google Waveのような情報共有のシステムでそれはGoogleがタダで使わしてくれる。

「ホワイトカラーの仕事破壊」に対応するには、日本の会社の経営を全部Googleのレベルにするくらいのことが必要だと思う。

私にとって、論ずるに足る成長戦略とは、そういうレベルの話だ。非現実的と思われるだろうが、現実的で着地点が無い話よりはずっとマシだと思う。どんなに遠く見えても着地点がある話の方が本当は現実的であるはずだ。

経営者や部長や課長のメンツやプライドに配慮してたら日本はつぶれてしまうよ。メンツやプライドで海外からモノを買えるならそれでもいいけど。

世の中には、パソコンの値段なんかに興味もない人もいるからそういう人が気がつかないのは仕方無いかもしれない。しかし、安いパソコンを買って「なんだ騙された!使えねええ!」と言っている人はたくさんいるだろう。そういう人はこれを喜んで使っている人が世界中に数億人いることを想像すべきだ。そして、その数億人が職場で自分の机の隣に座っていると思うべきだ。

その数億人の1%でも、ネットで勉強しまくる人がいたら、日本が今のままで食っていけるなんて思えるはずがない。


一日一チベットリンクラサ・チベット大学へ日本語テキスト寄贈、東北弁を習うチベット人、映画『スウィングガールズ —Swing Girls—』評、その他。 | 風の旅行社

(追記)

@willernoillerさんのコメントですが「ホワイトカラーのインフレ」という言い方はわかりやすくていいですね。これをタイトルにすればよかった。