第21期竜王戦 -- 高速道路の先にある名勝負

渡辺竜王対羽生名人の第21期竜王戦7番勝負が凄いことになっています。

もともとこの戦いは、世代対決という要素もある上に、勝った方が初代永世竜王の称号を獲得する重要な意味を持つタイトル戦ということで話題になっていましたが、いざ始まってみたら実際に、第6局を終えて3-3のイーブンとなる熱戦になっています。

来週行なわれる第7局で決着するわけですが、どちらが勝っても棋史に残る対局となるでしょう。

主催者の読売新聞のサイトではネット中継が行なわれます。これは盤面および棋譜と簡単な解説のみで、かなり将棋をよく知っている人にしかわからないと思いますが、2ちゃんねる竜王戦スレを合わせて見ていけば、そんなに将棋がわからなくても観戦を楽しめます。

棋譜中継+2ちゃんねるによって、将棋もスポーツ観戦と同じようなレベルで気軽に楽しめる娯楽(でありながら、同時に深く入ると何かが見えてくるもの)になったように感じます。

これをリアルタイムで楽しめるって凄いことです。

それで、この7番勝負、大熱戦ではあるけど、全ての対局が息もつかせぬ接戦というわけではないようです。

652 :名無し名人:2008/12/11(木) 19:19:44 id:C5hYhZr2
1~3局でやられたことを、渡辺がお返しできた感があるよね
4局目は形は先手よしに見えてなぜか先手に勝ちがない不思議な将棋
5局目はなす術もなく羽生圧敗
6局目は一日目ですでに大差
で、7局目どうなるんだろw

つまり、第2局第3局は羽生名人の圧勝、第5局第6局は渡辺竜王の一方的な勝利なのですが、この流れの中に不思議なドラマがあるのです。

まず、「形は先手よしに見えてなぜか先手に勝ちがない不思議な将棋」となった第1局ですが、特別観戦記者の梅田さんが、リアルタイムでこの将棋の重要なポイントをレポートしています。

私は、このエントリを寝る前に見て、朝起きたら終局後の次のような解説がありました。

パリで行なれている対局について、しかもこんな濃い情報をリアルタイムで読めるなんて、ほんとにいい時代になったものだと思いましたが、ここで重要なのが「現代将棋」というキーワード。

梅田「現代将棋の悪さが出たかもしれない、とおっしゃっていましたね。」
佐藤「悪さというか、弊害が。穴熊にすると手数計算がしやすいですから、過信しちゃうところがあるんですよね。(中略)これ(玉の堅さ、遠さ)で簡単に勝ちと即断することはありますね。現代棋士なら。」
梅田「現代棋士というのは?」
佐藤「渡辺さんは、まぁそうです。羽生さんは、どうなんでしょうね。でも、渡辺さんが後手をもって、今日の羽生さんのような戦い方はしないですから。まぁ、若手ならしないでしょう。(中略)私が先手でも、そう指しているような気がします。」
梅田「△6四角がいい手だという声が出ていましたが」
佐藤「いや、△6四角そのものよりも、(中略)『(6七歩を)成って角(6九角)で大変』という感覚は、ちょっと持ち合わせてる人は少ないような気がします。」

具体的な手に関する指摘はざっくり省略させていただきましたが、この対局の中に「現代将棋」というテーマが表れているという話だと思います。

渡辺竜王は「現代将棋」の最先端にいて、そのセオリー通りに指したのに対して、羽生名人はそこから微妙に距離を置いている。そこから来る大局観の違いが、この将棋の明暗を分けたということでしょう。

羽生世代の将棋は、将棋から盤面以外の要素を剥ぎ取り去ったものだと私は理解していますが、その後に続く渡辺竜王の世代はそれをさらに押し進め、情報戦としての側面だけで戦っている、それが「現代将棋」ということだと思います。つまり、将棋というゲームは、情報として分解し解析していくことが可能だという立場が「現代将棋」。

羽生名人が言ったという「高速道路の先の大渋滞」に通じる話だと思います。

そして、羽生名人には、その「大渋滞」の先がかすかに見えてきている、それが、他の「現代棋士」には誰にもできない状況判断となって、この局面に表れているのだ、というふうに私は理解しました。

総括すれば、この将棋は、渡辺竜王が「二枚がえに成功してさらに飛車を成り込む」という望外の展開になったはずだったのに、「その展開で、必ずしも先手有利とは言えない」という大局観を持っていたのが、羽生名人ただ一人だった、ということなのだ。

佐藤さんは、さすがに羽生名人と長年対局してきただけあって、それをリアルタイムで感じ取った。そして、梅田さんの、時代の先端にいる専門家の発言からポイントを抜き出す能力も、同時にリアルタイムで発揮されたのだと思います。

この将棋によって、渡辺竜王はある意味で自分のそれまでの将棋を全否定され、羽生名人の「格の違い」を思い知らされたようなものです。さすがにショックを受けたのか、その後の第2局、第3局を一方的に負かされてしまいます。

そして、3-0で迎えた第4局もかなりの苦戦で、敗戦=竜王失冠を覚悟する所まで追いつめられますが、その中でも終盤ギリギリの所で、好手を連発し、奇跡的に逆転勝利します。

その対局直後の、渡辺竜王ご自身のブログの中に次のような言葉があります。

投了直後は、何度も負けを覚悟した将棋なのに、なぜ自分が勝っているのかがわかりませんでした。改めて、将棋の深さを感じています。

「改めて、将棋の深さを感じています」という言葉を見て、渡辺竜王も、この将棋によって何かに開眼し、羽生名人が見ている「高速道路の先」がかすかに見える境地に達したのではないかと、私は感じました。実際、この後の、第5局と第6局は、逆に羽生名人を圧倒する内容で勝利しています。その勝ち方に「棋風が変わったのではないか」という声が多くありました。

つまり、マンガ的に言えば、羽生名人が与えた試練に耐え、渡辺竜王が遂に覚醒してしまった、という所でしょうか。

また、ここにはもう一つドラマがあって、渡辺竜王夫人のめぐみさんが、第4局の直前にブログでこんな応援メッセージを上げていたのです。

「渡辺くん、あきらめたらそこで試合終了だよ」

http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/25/23/a0100923_435435.jpg

妻の小言。 : 『スラムダンク』

まさに、絶対絶命の状況に追いつめられたその瞬間の夫をピンポイントで励ますかのようなメッセージで、2ちゃんねるでもこのエントリが大評判となっています。

ともかく、次の最終局は、そういう不思議な因縁が何重にも凝縮された決戦となります。「高速道路の先」に何があるのか、見逃す手はありません。


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