自分と世間の距離を測るというブログの使い道

事象の発生理由と背景とを取り違えた文を書いてそれに気付かないというのは相当脳みそが乱雑にできているとしか思えない。業務で文章書いたりしないのかしらん。Profileにあるキチガイみたいに呆けた顔のイラストがそういった印象に更に拍車を掛ける

私は、自分が思っていることをそのまま書きたいようなスタイルでここに書いていますが、業務ではそういうことはしません。業務の中で文章なり報告書なりメールを書く時には、そこに与えられた暗黙の任務と文脈があるので、なるべくそれに添うように書きます。

でも、ブログでは思ったことを何の打算も計算もなしにそのまま書きたいのでそうしているのですが、それを不快に感じてしまう人もいるみたいですね。

明かに人を傷つけたりすることは無いように注意していますが、これはそういう問題ではないようだし、私としては、今のまま続けたいと思っています。

それで、「このブログはこういうことをこういうふうに書いているブログです」という説明を書いた方がいいと何度か思ったのですが、どうも、自分のことを自分で説明するのは難しく、うまく書けないでいるうちに、「そうだ、あのイラストを使おう」と思いつきました。これをサイドバーの上に置いておけば、何となく意図が伝わるのかなあと。

上記のエントリを見た時に、自分のこういう意図は何となくは伝わっているみたいだなあと安心していました。ところが、そうではなかったようで、こんなお叱りのエントリをいただきました。

しかし、私としては、こういうエントリは非常にありがたいです。

なぜなら、仕事の中で「与えられた暗黙の任務と文脈」に合わせるように自分を調整する上で、自分のどのあたりが普通の人から見て違和感があるのか、反感を感じるのかについて非常に参考になるからです。冷静に問題点を指摘してくれる人はたくさんいて、それもそれでありがたいですが、「調整」の為には、むしろ、こういうふうに感情面の表現が豊かな方が役に立ちます。

「自分を調整する」と言っても、容易に予想されるように、私は自分のことを客観的に見て場にピッタリ合わせることはできません。よく失敗します。

1994年のネットのコンシューマーニーズの勃興期に、私は、プレゼンの席で「ネットは一般の人が普通に使う道具になります」と言って、同席していた社長に反論され、徹底的に論破されたことがあります。「君は技術のことはよく勉強しているようだが、普通の人は電子メールとかそんな面倒くさいことはしない、もっと怠惰なものだ」と言われました。社長に叱られるくらいは何でもないのですが、その論戦は、どうみても社長の方が筋が通っていたし説得力もあったし、権力関係を利用せずに論理だけでボコボコに負かされました。

その前に、AlbinoAlbinismさんのありがたい警告を読んでいれば、途中でうまく議論から逃げて、あんなみじめな思いをしなくてすんだと思います。

でも、なぜか、そのプレゼンの提案内容そのものは通って、その後、当社はネット関連の事業に参入しました。規模や実績やそれまでの方針から見て、かなり大胆な決断です。大成功とはいきませんでしたが、なんとか継続できるくらいのことにはなりました。

この男が書いていることはいつもおもしれー。軸がぶれないので読んでいて定点観測に役立つ。

隊長が言っているのは、「こいつはいつも同じくらいズレていて、そのズレの具合が一定なので便利だ」と解釈しましたが、うちの社長も私を「定点観測」にうまく使っているのかもしれません。中途半端にずれていてたまにまともになる人間より、同じ方向に同じようにズレていて微動だにしない人間の方が、使い方によっては役に立つのでしょう。

Googleアースの発展形でSLライクになるのは確かに面白い。しかし、町興しの切り札になるかというとそんな経済効果は到底望めない。町興しの規模の経済が動くなら別の利権者が取る。実社会に対するセンス無さすぎ

こういうコメントも参考になります。そうなんですよね。「実社会に対するセンス無さすぎ」なんで、リアルではよく失敗しますけど、そこを評価されている部分もあるので、うまく調整しながら生きていかなくてはなりません。

私は、みなさんのコメントやトラックバックを、大いに参考にさせていただいてますので、みなさんも、なるべく、このブログをうまく活用してもらえると嬉しいです。