「証拠は全部消滅したけどTBSを信じよう」とBPOは言った

私は、行政や司法が直接報道に介入することは最小限にすべきだと考えています。だから、このような問題について、BPOのような報道の側に立つ第三者団体があって、先に不祥事をチェックすることには賛成です。

しかし、それは、司法システムの中に治外法権的な例外を設けることでもあるので、前提条件として、そのような第三者団体のカバーする範囲と役割を明確にすべきだと思います。具体的には、

  1. 「報道」という社会的な役割を守るための例外であること
  2. 関係者が自主的に第三者団体の調査に協力すること

を絶対的な条件として、その範囲でのみ審査を行なうべきでしょう。

しかし、TBSはBPOに対して次のように主張しています。

ただし、この証言者の連絡先は不明で、取材メモもTBS側が紛失したと主張

この問題のキーポイントとなっている二人目の証言者について、「連絡が取れない」と言っているのです。

この主張を受けいれ、二人目の証言者について具体的な検証を全く行わないまま、

(証言者がクッキーについて述べたコメントを「チョコレート」について述べたものとして使用したことを)「誤解や過失」だったとして「内部告発自体に捏造はない」と判断した。

としています。これは、強制力の無い第三者機関が判断すべきレベルではないと私は思います。

この証言がデタラメであったことは確かで、しかも精巧に構築された筋書もなく、多少の経験のある人なら誰でも簡単に見破られる幼稚な嘘です。これを、何倍にも拡大して放送した結果、不二家は壊滅的な損害を被ったわけです。

もし、「時間的に制約のある取材の現場では、この嘘を見抜くことが難しい」と主張するのであれば、それを信じるに至ったプロセスに対して批判的に検討を加えるべきです。それなのにTBSは都合の悪い証拠が全部消えたと主張し、BPOは何の検証もせずにそれを信じている。

「証拠が消えた」という主張があった時点で、「これは強制力の無い第三者機関の判断すべき問題ではない」として、手を引くべきでしょう。関係者が自分の不利になる証拠を紛失したと主張した場合、常識的に言って調査に協力する意思がないとみなすべきです。政治家や一般企業の経営者がこういう主張をした時に、それをそのまま信じるマスコミがどれだけいるでしょうか。

また、一般論としては、取材協力者、特に内部告発者の立場は、非常に危ういもので、報道に携わる人間は、何よりその立場を第一に考えるべきです。

内部告発を行なう人間は、組織の中枢からは外れている場合も多いので、情報が不正確だったり、個人的な怨恨が動機になっていて、誇張やすりかえ等が混じるケースも多いかもしれません。そういうケースでも、告発によって社会全体の利益となることもあるので、情報の正確性や信頼性を除外して、内部告発者は守られるべきです。

しかし、この証言は、「核となる真実の回りに誇張や不正確な伝聞が混じっている」というレベルではありません。何から何まで嘘ばかりです。

  • チョコレートの製造過程は機械化されていて、パートの関わる余地が無い
  • チョコレートに賞味期限が設定されたのは最近のことで、10年前には賞味期限自体が存在しない
  • 該当の工場で製造してない製品についての証言
  • ミルクチョコレートに牛乳は混ぜない
  • 再利用はコストがよけいにかかる
  • 包装を解く手間とコストについて全く考えてない

どうみても元従業員ではありません。元従業員でない者が元従業員を名乗り、非常に悪意のある証言をしている。これは、一般的な内部告発とは別のものであり、非常に犯罪性の強いものとして考えるべきだと思います。

ジャーナリズムの立場を守るBPOの役割を考えると、むしろ、この特殊性を強調し、これは一般的な内部告発と全く違う別の問題であることを強調すべきでしょう。そして、意図的な嘘でTBSと不二家に大きな損害を与えたのですから、相応の法的処置を勧告すべきです。それと同時に、断片的であれ事実に基くものに関しては内部告発者の保護や取材源の秘密保持の重要性について訴えるべきです。

これをあいまいな判断でうやむやに決着しては、今後出てくるであろう、次の内部告発者は報道機関を信用することができなくなってしまいます。そして「告発者の正体を晒せ」という声が大きくなった場合に対抗できません。

そういう点でも、この証言者の主張を裏づけたと言う第二の証言者の検証は重要です。

結局、BPOの判断は、一件、TBSの責任を認めて厳しく批判しているように見えますが、「意図的な捏造の有無」という一番重要な疑惑に対して、何の証拠も論理的な検証もなくTBSの主張を認めただけのものになっています。

BPOが守ろうとしているものは、真実を追求し社会の公益を担保するという重要な使命を負った「報道機関」全体ではなくて、たまたま今放送免許を持っている特定のテレビ局だけなのだろうと考えざるを得ません。

また、もしTBSが悪意のある証言者に騙された被害者であったならば、これだけ自分たちの味方になる「第三者機関」がいるのですから、別のストーリーが書けたはずです。つまり、どのようにに自分たちが騙されたかを全面的に開示してその不注意やチェック不足を反省した上で、そこをBPOに指摘してもらい、「指摘に真摯に受け止め、今後の番組作りに活かす」と言えばいいのです。

BPOの見解がコントロールできるのであれば、騙された過程を隠すよりは開示した上で、出来レースの批判をしてもらった方が、(見せかけの)信頼回復への道は近いはずです。

それができないのは、真実は「不注意」というレベルではなかったということでしょう。嘘と明確に知っていて報道した、おそらく、証言者は番組製作者に指示されて、あの証言をしたのです。また、どの局も同様のことをやっているので、テレビはこの点についてほとんど報道しないのです。

そのもうひとつの証拠が、「本日の放送倫理・番組向上機構BPO)「見解」を受けてのTBSコメント」です。

「見解」では、内部告発者が確かに存在し、チョコレートについても「パッケージし直し」「再利用していた」という発言が存在していたこと、通報者の発言には放送に値する真実性があると判断したことにはそれなりの合理性があったこと、1月22日の放送の時点において、通報者の発言と告発内容を信じるに足るとの一定の心証を得、放送するという判断に至ったことには、それなりの根拠が存在したこと、などの点が評価されています。

内部告発者が確かに存在した」と主張するのであれば、その告発内容(10年前のチョコ再利用)が真実であったのかどうかを追加取材で検証する姿勢を見せるべきでしょう。このコメント内には、そこに対する言及が一切ありません。告発内容が真実であったのかどうかは、TBSとしては、永遠にあいまいなままにしておきたいのです。

そこを検証することで、さらに重大な問題が発覚してしまうからです。

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