内田樹さんがサボっているうちに「弱者2.0」とか言ってみるテスト

内田樹の研究室: 勝者の非情・弱者の瀰漫


「弱者に優先的にリソースを分配せよ。だが、それを享受する『弱者』は私ひとりであって、お前たちではない」と人々は口々に言い立てる。この利己的な言い分に人々は(自分がそれを口にする場合を除いては)飽き飽きしてきたのである。

「勝ち組/負け組」という言葉を聞くと「勝ち組さんたち、必死だな」と言いたくなる。この言葉を使う人には、何かにしがみついている印象がある。そういう意味でこの部分だけには同感で、「弱者」という概念が正義の為に有効ではないと思う人が増えているのは間違いないと思う。

しかし、全体としては納得できない。小泉さんは、その代わりに何かおかしなものを提示してそれで選挙に勝ったと内田樹さんは言うが、選挙に勝つのが本業の人にそれについて文句を言うのは、ちょっと違う気がする。概念が腐ったら、別の新しいものを用意することは、内田樹さんのような方の仕事だろう。

そこで、内田樹さんがサボっているうちに「弱者2.0」とか言ってみるテスト。

「郵便局2.0」はギリギリ許容範囲でも、「弱者2.0」はさすがにもうダメですかそうですか。

「弱者2.0」はやめにするけど、すでに私はゼロサムゲーム的世界観自体への異議として、オープンソース的世界観とか奪いあう競争と創りあう競争とか離脱可能な独裁権力=一般意思(これについての考察)とかを書いている。ベーシックインカムもそういう文脈で提示している。

IT屋が出しゃばってそういうことを言うのはおかしいかもしれないが、そうだったら、戦争屋は何で異業種のことに口を出していいの?「勝者/敗者」って戦争用語でしょ。他にもいっぱいあちらの業界の専門用語を押しつけられてる気がする。

実際、公共財なんてリポジトリに酷似してると思いますよ。SourceForgeのように無数にリポジトリがあって、参加/離脱が自由で無数の「優しい独裁者」がいるモデルの方が、「勝者/敗者」よりずっとリアルだ。むしろアクセス権のあるコミッターの方が下僕だし。