BBもRemixableにされてPax Googlicaに飲みこまれるでしょう

SOUL for SALE ? BからBBへのB(BLOG=テキスト)とBB(ブロードバンド=マス)の対比は、Moleskin Diary - モヒカン族 VS バチカン族とほぼ同じだろう。

前に、この問題について断片的に考察したことがあるけど、両者の違いは、テキストと映像の違いではなくて、「信頼の連鎖」という問題だと思う。

BBで映像を流すことと、電波で映像を流すことの一番重要な違いは、BBで流したものにはURLがつくということだ。例えば、第162回国会 予算委員会の小泉VS岡田の対決の特定の発言(仮に開始22分から70秒間の発言だとする)に対して、

 h ttp://衆議院/第162回国会/予算委員会/2005/06/02/00:22:00-0:23:10

みたいなURLをつけることは可能だ。

URLがつけばブログで参照することができるし、別の映像から参照することもできる。例えば、岡田さんの演説が民主党のページからBBで流れるとして、その中で「小泉総理はこんなことを言っていますが」と言った瞬間に、一時的に岡田さんの映像がポーズして、そこに予算委員会での小泉さんの発言が流れる。それが終わると、また岡田さんの映像に戻り「その結果として、日本の国益は結局どうなるんですか」と続く。

これを流すクライアントソフトの動きを言えば、最初に、民主党のサーバから岡田さんの映像を受けとりそれを再生する。岡田さんが「こんなこと」と言った瞬間に、民主党のサーバから予算委員会の映像のURLを受けとり、自動的に衆議院のサーバに切り替えて、指定された所だけ再生したら、また民主党のサーバに切り替える。設定すれば、小泉さんの映像を別ウィンドウで流すことや飛ばすことも可能である。

これは、技術的にはすぐに可能なことであり、ビジネス的な意味も大きいからごく近い将来実現するだろう。

映像をネットで流すということは、このように切り刻まれ、お互いに参照されあうコンテンツになることだ。もちろん、この岡田さんの演説も多くのブログに参照され、そのブログがブクマされることになる。そのブクマを見ながら評論する映像をポッドキャスティングで公開する人も出て来る。映像とテキストは相互に限りなく参照しあい、無限の入れ子関係ができあがるだろう。BBがBを飲み込むのではなくて、BがBBを飲み込むことになると、私は思う。

この流れを押し止めるには、単に映像でマス化するだけではなく、トゥルーマンショー作戦でネット全体をネタ化し一意な名前空間を破壊する必要がある。もちろん、それを望む人もたくさんいるだろうが、それはGoogle様の怒りを買うので、たぶん難しいと思う。

RESTな言論空間は、remixableである。個人が見ることができるテキストや映像は限りがあるが、URLがついていれば、その評価をREMIXして統合することは可能だ。それは、完全に対等で完全に開かれたスケーラビリティのあるアゴラになる。

そして、そのアゴラの上に、Google様が君臨する。その統治原理は「信頼の連鎖」である。参照されあい評価されあう、無数のテキストと無数の映像と無数の個人情報が自分自身をランキングして、そのランキング順位が権力になる。その本質は全てのものに一意のURLがつくということである。URLがついて計算可能になることがいいことか悪いことはわからないけど、どちらにせよすごく哲学的な問題だと思う。

Googleとは、史上最大のカテゴリーエラーである。