山下達郎という危険な男のオモイデ
先日、山下達郎のSPACYを買った。私は、ブレーク前からの達郎のファンで、この彼の2枚目のアルバムはアナログレコードとカセットテープで擦り切れるほど聞いた。しかし、なぜかCDは買ってなくて、おそらく20年ぶりくらいに聞いたのだが、記憶とぜんぜん違っていて、すごく衝撃を受けた。
そして、その頃行った達郎のライブのことを思い出した。
狭い会場のかなり前の方の席で待っていると、何の演出もなくガタイのいい大男がズカズカズカと出て来て、いきなり滑舌よく何か喋り出した。顔は山下達郎の顔をしているのでああこれが山下達郎かと思うのだが、NHKのアナウンサーのような軽快なしゃべりと背の高さが予想とぜんぜん違う。
しかし、歌い出すとその声はまぎれもなく山下達郎で、そのパワーは想像を絶していた。伸びる高音の美声ではあるのだが、それはリズム楽器のように歯切れがよく、バンドを圧倒する物理的な圧力を持っていた。
私は、彼の精気に圧倒され、ほとんど恐怖感を覚えていた。「私の目の前で圧倒的なエネルギーを放射しているこの大男から早く逃げないと、アイツが襲いかかってきて、私はひとたまりもなくブチ殺されてしまう」意味もなく、そういう恐怖の感情が沸き起こってきた。おそらく、私の人生の中で、物理的な生命の危機に最も近づいた時間だと思う。
私は一刻も早く逃げ出したいと思いながら、魅入られたように硬直して動けなくなっていた。
本当に良い音楽というのは、どんなに洗練されたゴージャスなものでも、必ず死の恐怖に隣接する体験を味わせてくれる。猛獣に襲われる小動物の気持ちが理解できたライブであった。小動物は、自分の運命を予測するのではなく、本能的に彼我の戦闘力の圧倒的な違いを感じて恍惚とするのだ。
だから、ライドオンタイムがヒットした時は、ビックリしましたよ。
これほど庶民向けでないアブナイ歌手はいないと思ってましたから。